世界の迷酒

 1973.8月の話である。

 当時の北上勤労者山岳会4名は、焼石連峰を流れる尿前川を天竺沢に向かっていた。天竺沢に入り、地図と滝に格闘していたが、つい、地図の滝と勘違いをおこし、金明水小屋まで藪こぎをして近道をしようと、遡行をやめ藪に入った。
 藪に入るのが早いと気が付いたのは、きつい傾斜を2時間ほど登ってからだった。ヤバイと思いつつ、今更戻るのもいやなのでそのまま登るが、周りはガスに覆われ視界も聞かない。薄暗くなりこの日は、山中にビバークを決め込んだ。
 残りの水を気にしながら、食事をすますが、「アーッ」と誰かが叫んだ。なんと、ポリタンクが無い。急傾斜だったので、どこにも引っかかっていない。疲労で誰も探しに降りる自信がなく、あきらめることになった。

 次の日は、沢の水の流れる音聞きながら、笹の露をすすり喉をいやし、残っている野菜を食べながら進む。野菜は、結構水分があり非常に助かる。ガスも切れ、位置が確認できると藪こぎのペースも戻り、ついに小屋を発見できた。
 やった、やっと藪こぎから解放される、と思った時、及川さんがザックからウイスキーを取り出した。全員、喉がカラカラだったから、「有ったら早く出せばよかったのに」と愚痴を言う。とりあえず、みんなで回しのみをする。
 口に含むと、フワーといい香りで、なめらかにのどから食道を滑りおちていく。からっぽの胃の壁いっぱいに広がり、ジワーとしみる。うまい、超うまい。S・レットがこんなに美味しいと感じたことはなかった。全員、これは世界の銘酒と絶賛する。残る藪をほろ酔い気分で楽しく歩き、無事下山できた。

 今考えると、あれは銘酒と言うより、迷酒だったなー・・・・・・。 

草鞋の手入れをする及川氏