大荒沢岳 (1313.4m:秋田県仙北市、岩手県和賀郡西和賀町)


H20.10.5



登山口
 10月5日の日曜日は北東北だけ晴れマークだったため、秋田・岩手県境の山を登ることにした。目的の山は山と渓谷社発行「岩手県の山」に記載されており、和賀地方北部に位置し秋田県と県境を接する登山者の少ない静かな山歩きが出来るところである。でも紅葉の始まった日曜日なら少なくとも数人は登山していると期待して、霧で視界が閉ざされた摺沢を6時丁度に出発した。この霧は何処までも続き、沢内集落に入ってやっと青空が見えてきて、ホッとしながら目的の山に向かう。ガイドブックには「貝沢」バス停で県道から集落に入るとあるが、道標にあった「高下岳」に導かれて間違えずに第一関門を通過できた。


紅葉
 集落の中のくねくね道を道なりに4km進むと登山口だが、最初の2.1kmは舗装路、残る1.9kmは未舗装で草木が覆いかぶさって車に傷がつきそうだ。登山口近くで沢を通過するが、増水時で無ければ問題ない。登山口は林を抜けた明るい牧草地に入ったところにあり、大きな標柱と登山者カード入れがある。牧草の刈り払われた駐車スペースには車数台分の空間があり、先行車が一台駐車してある。でもよく見ると登山者の車ではなく山仕事で駐車したようで、どうやら懸念していた一人だけの山になりそうだ。


コシアブラ
 登山道は牧草地の縁を林に沿って付けられていて、誰も歩いてないため朝露に濡れながら草原の脇を進んでいく。草原を過ぎると杉の植林地で、ここから山の中に入る。その入口に案内標識があって、山と里の結界表示しているようにも思える。杉林は間伐され手入れが行なわれているので、多分先に駐車してあった車の所有者は、山仕事で入っているのかもしれない。

 杉林を過ぎて少しずつ高度をあげていくと、見事なクロベの林になる。檜とは木肌の色が明らかに違うのでそれなりに判別できるが、面白い形をした巨樹が多くて印象的な登山道だ。またミズナラの巨木も多く見られる。そんな林に感動しながら登っていく内に、いつの間にかブナ林に変化している。ブナ林になって間もなく朽ちた標識が散らばった地点を通過するが、判読できる木片から「登山口1.2km」と書かれていた。これよりこの場所が新郡界分岐と分かったが、1.2km地点が新郡界分岐と知らなければ単に古びて朽ちた案内表示としか思えない。また合流するはずの登山道も見出せない。


ブナ林
 休憩するような場所でもなかったので、そのまま通過して前山分岐を目指す。所々でブナが根こそぎ登山道を塞ぐように倒れており、キノコの生える場所が確保されたのだと思いながら障害物をまたいでいく。所々で紅葉が進んだところもあり、紅葉初期の瑞々しいグラデーションが陽の光に発色もよく輝いている。前山分岐はそんな明るいブナ林の途中にあった。ここも場所を特定する標識が辛うじて残されていたが、休憩するようなところでもない。また名前からすると分岐点のはずだが、藪に覆われていて一本道のような印象だ。体調はまずまずのようで、カメラを構えながら何度も足を止めているせで大した疲労感は無く、そのまま紅葉し出したブナ林の林床を楽しみながら登っていく。傾斜もだいぶ緩くなってきた。


大荒沢岳と羽後朝日岳(右)
 標高1050mを過ぎる辺りで登山道が藪っぽくなり、足元も湿って滑りやすくなってきた。何気なく足元を注意して見ると真新しい熊の足跡が黒い粘土上にしっかりと残されている。そう言えば跨いできたブナの倒木に、以前駒頭山で見たのと同様のペレット状の嘔吐物があったことを思い出した。急に不安が広がり藪の中でどうしようかと進退を模索することになった。

 ツキノワグマは自ら人を襲うことはしないことを本で読んだ。神経を張り巡らして慎重に進むことにして、ゆっくりと声を出しながら歩き出した。ところが口ずさむ歌は、「あるぅーひ、森の中、熊さんに、出会あった・・・」とか、荒井由美の「待ち伏せ」のメロディーだったりで、危険な歌ばかり。こんな歌しか出てこない自分が情けない。もっと明るく歩きたいよなと思う。急な登りも終わり小さな湿地を横切り、稜線を県境に向かっていくと低いブナ林が美しい雰囲気を醸し出している。北側に視界が開けたところから紅葉したモッコ岳が見える。もう沢尻岳が近いことを教えてくれる。流石に熊も稜線上の登山ルートを歩くようなことは無いだろうと、やっと少し安堵した気持ちになって胸まで覆われた藪っぽい道を進む。


沢尻直下の草原から見る高下岳(左)
 狐色に染まった草原が目の前に広がり、左前方には高下岳、根菅岳が見える。和賀山塊の山並みを間近に見て、しかも自分自身も人気の無い和賀山塊の一角に居るとは信じ難い。昔、栃木から遠路、百花繚乱の和賀岳に登ったとき、二度とこの山域には来ないだろうと思いながら山頂からの景色を眺めていた。ところが今また素晴らしい景色を目の当たりにしている幸運に、なんと表現してよいのだろう。感動がこみ上げてくる。


大荒沢岳の山頂標識
 そんな感動とときめきに鼓動が昂まったまま一気に県境に位置する沢尻岳に到着。以外とあっけなく最初の目標地点に到着した。ここから岩手・秋田の県境を歩くことになる。北に向かってモッコ岳が続いているが、どうも藪が濃くて地図にあるような踏み跡は見出せない。沢尻岳には三角点は無いけれども一番高いところまで踏み跡らしきものがあった。でもそこから見る景色も標識に立てられたこの場所で見る景色も、ほとんど変わらないだろうと思って藪を漕いで登る最高地点はパスした。

 沢尻岳から西に向かう丸い尾根の先に今回のゴールとなる大荒沢岳が、良い色に染まって大きく横たわっている。その右奥には憧れの羽後朝日岳の雄姿が、これまた赤く染まって孤高に存在感を高めて見える。左奥には遠く和賀岳がやはり高い。根菅岳の台形上のピークから左にかすかに高下岳の頂だけが、僅かに覗いているように見える。和賀山塊の核心部を見ていることの喜び、早く大荒沢岳の頂に立ちたいという衝動に駆られる。

 展望を楽しむのもそこそこに、西に向かって一旦下る。この沢尻岳と大荒沢岳を結ぶ稜線歩きが、本コースのハイライトと紹介されている。ところが下っていく道は少し藪になって足元は見えず、滑りやすいのでゆっくりしか歩けない。何度か足元をすくわれながら最低鞍部に達し、そこから小さい草地をほぼ水平に進む。正面に大荒沢岳、左に根菅岳を見ながら時々顔を出す太陽に色彩の変化を楽しみながら、徐々にゴールに向かっていく。


山頂草原から見る
岩手山(右)から秋田駒(左)遠望
 山頂直下にはここでも狐色に染まった草原が大きく広がっていて、所々にオヤマリンドウが枯れ残っている。北側の開けた空間から、岩手山から秋田駒ケ岳に連なる山並みが遠くに霞んで見える。沢尻岳を振り返ると、のっぺりした山容が紅葉してやさしく鎮座している。その奥に遠く東根山などの紫波三山が特異な稜線を描いている。目を凝らすと東根山の後方にうっすらと消え入るような状態で、かすかに早池峰、薬師岳が見える。

 草原が尽きるところで大荒沢岳の山頂に到着した。三角点は更に藪の中に設置されていて、かすかな踏み跡を辿って5分、いよいよ藪で進退窮まったところで右側の足元に小さな三角点が僅かに地表から顔を出していた。この三等三角点(点名:金山、標高:1313.40m)にタッチし、藪を掻き分けて三角点の写真を撮る。大荒沢岳の山頂にある三角点の点名が金山、ちなみに高下岳の山頂にある三等三角点の点名が大荒沢という。さらに羽後朝日岳には三角点が無いけれど、この大荒沢岳を含んだ2.5万図の地形図名が[羽後朝日岳]となっている。横道にそれたが羽後朝日岳に続くルートもこの先は完全に藪に消されて、地図とは一致しない。しかし胸を超える藪の中から眺めた羽後朝日岳の赤い山容は人を寄せ付けない高貴さが感じられた。


和賀岳(右)遠望
 三角点から戻って大荒沢岳の標識地点で休憩して昼食を採る。正面に和賀岳を眺めながらの食事は何とも言えず嬉しかった。高下岳へ向かうルートは間違いなく踏み跡も残って明瞭だったが、今回はそれ以上に深入りすることなく大満足で往路を引き返すことにした。空模様が予報より早く崩れだして、雲が大きく広がって不穏な様相を呈してきた。ゆっくり昼食を楽しんでいたが、陽射しの消えたのを察知して早めに食事を切り上げて下山準備に取り掛かる。草原最上部の地点から本日の行程ルートをカメラに収めたり、また秋田駒ケ岳なども狐色の草原とセットで背景にして記録した。

 下山は足元に注意しながらだったので往路と同じ時間を要して沢尻岳に戻り、紅葉の進んだブナ林をホイッスルを鳴らして熊に注意しながら下る。登るときに気づかなかったが、下山時に倒木のブナの幹にびっしり付着した白いキノコを少しだけ山の恵みとしていただいてきた。帰路、湯本温泉にある「砂ゆっこ」で山の汗を流し、和賀山塊の気になる山を登った満足に爽やか気分で大東町に戻った。 沖 記

コースタイム:大東町摺沢6:00==(約115Km)==8:45高下(貝沢地区)登山口8:55---9:30新郡界分岐---10:05前山分岐---11:00沢尻岳(1260m)11:05---11:40大荒沢岳(1313.40m:昼食)12:05---12:40沼尻岳12:45---13:25前山分岐-?(茸採取)--13:55新郡界分岐---14:15高下(貝沢地区)登山口14:30==(入浴:砂ゆっこ@250円)==18:00大東町摺沢