第16回 足らざるを知る (2000年11月21日)
黒字社長と赤字社長
同じ日に2人の経営者に会った。1人は創業5年目で年商20億円を売上げている黒字会社の社長で、もう一人は最近社員15人の内13人を切った債務超過の赤字会社の社長だ。
黒字社長は、話している間「皆さんのおかげで」という言葉をたびたび口にした。自ら一営業マンの名刺を持ち、月40冊もの本を読む。身近な成功者には電話を掛けてコンタクトを取り教えを請うという。セミナーにも積極的に参加し最前列で講師の話に耳を傾ける。しかし、後向きの内容の場合には、講師に気を使いながらも途中で退席するという。
また、黒字社長は「経営がこわい」という言葉も多用した。それは、経営にはこれで良いという限界が無いから、常に何かの付加価値を求めていかなければならないという意味であった。だから、今事業がうまく行っていても決して安心できない。うまく行っている時にこそ、次の「花形」商品を育て、「金のなる木」を確立することが不可欠である。事業が悪い方に回転しだすと思いきったハンドルを切ることができず、経営判断を間違うことにもなるという。
この黒字社長と分かれた後も、しばらく元気エネルギーを貰ったようだった。
一方、赤字社長は、一発大逆転を狙っているという。今の会社が債務超過に陥っているので、仲間と別会社を立ち上げ、その事業分野は専門でなくて良く分からないが、取りあえず自分が社長になり、実質業務は仲間達に担ってもらうという。IT関連というだけで特別な優位性が感じられないその事業計画書を見ると、社長の月給200万円と書かれていて、その数字が虚しく見えて仕方なかった。
止むにやまれずのことだったと思うが、退社せざるを得なかった社員達は、結果的に新天地を得て仕事をしているようなので、かえって良かったと思う。
事業成果とは「付加価値の報酬」という原則を理解しない赤字社長に仕える社員は、不幸であるからだ。
自らは何の付加価値を与えることなく、他にささえてもらうだけという考え方は、世の中のどんな事象でも成立しない。いろいろなハンデを負った方は多いが、しかし懸命に「少しでも何かの役に立とう。自分のできることは、しっかりやろう」と思うから、前向きに生きられる。例えば、不幸にも生まれつき身体的障害を持つ人が懸命に生きる姿は、皆を勇気づけるという大きな付加価値を提供する。
この日の赤字社長は、債務超過の中でも「誰かにかついでもらえる」とまだ懲りない。一方の黒字社長は、「自分の努力は、まだまだ足りない」と言う。
しかし、結果は意に反して、黒字社長の周りにはビジネスチャンスがどんどん飛び込み、赤字社長の回りには気がつくと誰もいないということになる。
自らの足らざるを知り、その不足を謙虚におぎなう努力が事業を育てる。そのことに気づかない経営者は罪である。よく自戒したいものである。
次回は、付加価値と提供価格の関係を考えてみたい。
第17回 いまどきの価格戦略 (2000年12月1日)
付加価値と価格
銀座原宿界隈への海外ブランド直営店の進出をみると消費不況とは無縁のようだ。次々と出店が続き賑わいを見せている。
商品の価格は高いが、購入者もそれだけの価値を認める、いわゆる「高付加価値・高価格」戦略の例で、自然に付加価値と価格が連動するパターンだ。
これは、ブランド品に限ったことではない。発泡スチロールの食品容器メーカーのE社は、後発でありながら約35%のトップシェアを占め、文字通り「高付加価値・高利益率」を達成してきた。あえて白物ではライバルメーカーと価格競争はせず、仕上りの高級感を前面に出す「付加価値戦略」を貫いてきた。さらに製造体制が充実したため、先発メーカーとの価格戦争にも参入できる競争力もつき、益々充実している。この戦略の前提には、圧倒的に高い付加価値がなければならない。
2番目に、高付加価値のものを同価格で売る「同価格・高付加価値」戦略も用いられる。たとえば、クロックスピードが700MHzのパソコンを期間限定で、同600MHz搭載モデルと同価格で提供するキャンペーンを展開するなどが上げられる。この戦略は、シェアアップを図り、目立たない優位性を積極的にアピールする時などに使われる。
第3に、同じ商品価値のものを安く売るという古典的な「同付加価値・低価格」戦略も健在だ。
あらゆる業界でますます低価格化が進み、パソコンの世界では6〜7万円のものが出ているように、どんなに性能などの付加価値を誇っても、いつまでも独自性を維持することが困難な状況になっている。従って、価格的にも他社製品の追随を許さない価格設定が望まれることになる。
この戦略は、マクドナルドのように圧倒的なシェアを誇る業界リーダーや、開発費の投下が少ない業界二番手のフォロワーが良くとる。ただし、これは低コストが前提となる戦略であり、低コストを実現できないのに、不用意に低価格競争に巻き込まれると自滅することになるから、中小企業が実施する時には、注意が必要だ。
そして、価格戦略の究極は、付加価値戦略の最終目標とも重なる訳だが、それは「絶対付加価値・高価格」ということになる。
文頭の海外ブランドなどは、一種の「絶対」付加価値と言える。これは、付加価値に対する熱狂的で信仰のような認知・信頼である。
翻って、ユニクロや100円ショップは高価格ではないし、品質も絶対ではない。これは、商品の価格と付加価値の関係で語るよりも、購入行動そのものとその行動に対する付加価値という観点から捕らえるべき新類型で、ゲームのような感覚に支えられながら、顧客にとってその側面での付加価値は「絶対」である。
つまり、おしなべて繁盛店は、絶対的な価値を認めた顧客に支えられ、それに見合う価格で商品やサービスを継続していくものなのである。
第18回 デフレの正体 (2000年12月11日)
自然の恵みと人工産物
依然として消費者物価は下がっている。一時は消費者にとってメリットのある物価の安定であって決して不利益はないとしていた政府もこのところ、いわゆるデフレスパイラルの火消し役に回っている。
デフレとは、物価水準が下落すること、さらにGDPを代表とする実質生産高が下がる状態を指す。
需要の落ち込みによる物価下落傾向を「悪いデフレ」と言い、供給側のコスト削減努力によるものを「良いデフレ」と言う。
しかし、いずれにしても物価が下がれば、過去の借金の重みが増大するので、個人においては住宅ローンの返済が重くのしかかり、企業においては借入金の返済が窮屈になる。
一連の住宅ローンの破綻や政府がとった中小企業の特別保証枠の拡大施策などは、端的に問題点を現している。
こうした中で、農産物が約六割を占めるCRB先物指数はこのところ高水準を推移している。このことは、とりもなおさずここ1年程度は農産物関係の価格について値崩れがないことを示している。つまり、農産物はデフレではないのである。
一方、ユニクロや100円ショップに代表されるように、サービス業や製造業の分野では「中抜き」現象などもあり、その物価下落への圧力はとどまるところを知らないようだ。まさに「良いデフレ」と賞賛され、消費者も雪崩れを打って支持している。
振り返ると20世紀は人類にとって工業化への道をひたすら歩んだ100年だった。100年前は、飛行機もようやく考案されたばかりで実用には遠かった。自動車の速度は自転車と大差なかった。電気は有ったが家電品はお粗末な限りだった。
それがこの100年の間に人類は月との間を無事行き来できるようになった。テレビでの双方向のやり取りもできたし、パラパラを踊るロボットも登場した。
このように人工産物である工業製品やサービス産業については、目を見張るような進歩を遂げたのである。
しかし、同じように進歩したはずの農業からの産品は依然としてコスト高に喘いでいる。その一因として、人間が人工産物を追求するあまり、地球環境に過大の負荷をかけてしまい、それを軽減しながら農業を営まざるを得ないハンデも影響しているとたびたび指摘される。
端的にいうと、自然環境と引き換えに、人工産物の効率化を図ってきた結果だという指摘である。目前に21世紀が迫った今、次の世代への責任を果たすためにも、こうした警鐘を真摯に受け止めることが必要である。単に1次産業と2次・3次産業間の経営力の問題と捕らえずに、人類が自然や環境と共生していくためには、どのような役割をなすべきか、明確にして行かなければならない。
このことは製造業であるかどうかを問わず、21世紀の初頭を生きるものに共通する最大の責務である。ここに、問題解決の糸口を見出した時、本当の意味で人類の進歩に貢献し、我々自身の誇りを見出すことができるのである。
第19回 新世紀の経営手法 (2001年1月1日)
コーチングの活用
20世紀最後の年に、シドニー五輪女子マラソンで高橋尚子選手が日本の女子陸上競技史上はじめて金メダルを獲得したことと相俟って、その指導者である小出義雄監督の指導法が注目を浴びた。
他にも有森裕子選手などの有力選手を育てた小出監督の指導法のモットーは「ほめて育てる」で、そのポイントは、
1.あえて失敗させて自分で学ばせる
2.良いことをした瞬間にほめる
3.本人の身になって考える
などだという。
つまり、
1.失敗以前に注意するのは本人が学ぶ芽を摘み取ることになり、
2.しっかり観察してほめないと単なる可愛がりに終わる。
3.個性を受け入れて誰しもが持っている「認められたい」気持ちを活かすこと
と語っている。
ひるがえって、20世紀における経営は、まずは物的水準を満足させることが第一で、効率追求の「上意下達」だった。
しかし、今後21世紀においては、加速する市場ニーズの多様化やいわゆる権威の失墜などの理由から、個々の社員が納得できる目標を「自発的に決める」ことが、社員を動機づけ、経営の成果を高める。こうした面からも、今後の企業人は、「コーチング」という考え方を理解しておくことが重要だ。
小出監督が唱えるところの「脇にいて」「選手を認め」「主体性を引き出す」ことは、コーチングのまさに原点である。
コーチングの本質は、「答えをこちらから与えるのではなく、本人から引き出すこと」と「具体の行動を促すこと」で、そのポイントは、相手本人からいかに建設的な情報を引き出せるかにつきる。
経営にそれを活用するためには、
1.聴く、
2.質問をして多くの情報を引き出す、
3.問題点を分解していく、
4.率直な感想を伝える、
5.行動に期限を設定する、
6.認める、
などのスキルを駆使し、お互いの信頼関係をもとに、本人の可能性を掘り起こしていくことが必要である。
こうした作業を通じて、本人が自ら果たすべき目標に気づき、取り組みの方向性を整理し、いつまでに具体的な行動を実行するのか、などを認識できるようになる。
その際に、本人(相手)の望んでいることは何か、本人のまわりで何が起きているか、本人にはどのような行動の選択肢があるか、本人はどの行動をいつから実践するのか、こうした点を本人自身に明確にさせていくことが必要となる。
ところで、相手本人を認めるとはどのようなことかを示す例として、松下政経塾から生まれた言葉で「鳴かぬなら、それもまた良しホトトギス」というのがある。信長は「殺してしまえ」、秀吉は「鳴かせて見せよう」、家康は「鳴くまで待とう」だが、すべてホトトギスをこちらに近づけようとしている。その点「それもまた良し」は、鳴かないホトトギスをすべて受け入れ、認め、その上で鳴かない状況を楽しんでいる。
これを単純に人間に当てはめることはできないが、感覚的で日本風な「認める」度量や「聴く」洞察力が、欧米発の合理的手法であるコーチングの効果を左右させることは確かで、そこに、ある種の深遠なる真理を感じる。
第20回 経営への活用 (2001年1月21日)
コーチとコンサル
前回は経営全般のコーチングの活用手法にふれたので、今回は引き続き、経営者自身のコーチングの活用法について述べたい。
最初に経営コンサルタントの成果を疑問視する向きは少なくないが、それはなぜだろうか。国際的な(日本企業も含む)ある調査によると、コンサルティング利用企業の約77%は満足を感じていた。しかし、そのうち2年後にROE(株主資本利益率)が3%以上向上した企業は13%、プラスマイナス3%以内の企業が70%で、ROEが3%以上悪化していた企業は17%に上った。
つまり、企業はコンサルティングにおおむね満足しているにかかわらず、企業業績を表す主要指標の一つであるROEには目立った改善効果が見られていないということになる。
こうした矛盾には、様々な原因が考えられる。顧客企業の解決すべき課題設定に当初から誤りがあったり、最初の目標設定が数値で表わされていなかったり、現場との乖離があったり、コンサルタントの専門性と課題にミスマッチが有ったりと、いくらでもあげられる。
「変えられないのは過去と他人。変えられるのは自分と未来」という言い回しがあるように、いかに優秀なコンサルタントといえども、自らのノウハウを総動員しても万能の特効薬は作ることができない。
では他に、専門家の力を借りて企業が業績を高める方法はあるのだろうか。
「教えてもらう」方法はダメでも、「みずから学ぶ」方法がある。すなわち、他人を変えることはできないが、他人から気づかされることはあるのだから、そういう機会を作れば良い。
まさに、これに応えるのがコーチングである。
前回述べたように、コーチングの目的は、「答えをコーチから与えられるのではなく本人自身から引き出し、自発的な行動を促すこと」で、ポイントは本人からいかに前向きな情報を引き出せるかにある。
従って、コーチの選定にあたっては、
1.信頼関係が作れること、
2.聞き上手であること、
3.肯定的であること、
4.未来指向であること、
5.利害関係がないこと、
などが大事な要素になる。
また、純粋なコーチングの場合には、たとえば顧客に他のコンサルタントが居ても問題はない。なぜなら、コーチングは、コンサルタントの意見を否定も肯定もせず、顧客そのものだけを対象にしているからだ。
さらに、コーチの役割は、教育や指導とは異なり、従来のコンサルタント頼みの感覚とは180度対極にある。この理解が足りないと、顧客からつい専門家として答えを求められたりするので要注意だ。又、慣れるまで頼りなく思われたり、まどろっこしく感じられことも起きる。
しかしながら、あくまでもこうした作業を通じて、顧客自らが果たすべき目標に気づき、取り組みの方向性を整理し、いつまでに具体的な行動を実行するか、などを認識できるようになることが大事なのだ。
つまり、企業ごとに違う経営の課題を、当の経営者がしっかり捕らえ、それに直面する勇気を持つことだ。それが、21世紀の企業経営の道を拓く原動力であり、その支えがコーチ役といえるのである。