第11号(1998年10月16日)<グローバルスペース>
アメリカのベンチャーの実態
トーンダウン著しいアメリカではあるが、日米のベンチャーの相違要因といわれているMBA(経営管理修士)制度。入学条件として、学部を卒業してから実社会の経験が無いと入学できない(入れても効果が見込めない為?)仕組み。しかも、在籍した日本のキャリア組の言をお借りすれば、「高校の授業を受けているだけで、東大に現役でスンナリ入れる奴等の集まり」というレベル。そのなかでも、トップクラスに位置づけられているスタンフォード大の場合、卒業生の進路としては、コンサルタントになるのが半分以上、ベンチャーキャピタリストになるのが3割、残りは大手の成長企業のエリートとして就職する。即、事業を起こすのは1〜2%程度という。従って、MBA卒業生が自ら新しいものにチャレンジするケースは希。だから、一部で言われているようにMBAがアメリカのベンチャーの切り札ではないということ。実はその肝心の新しいウネリは、現場で問題意識を持っている3〜4割のタフな一般人が起こす。その前提として、トライ&エラー(=失敗は成功のモト)の国民意識が、大きく寄与している。
セキやんひとこと:MBAのMr.チャンは、名前の通り中国系アメリカ人。英語、中国語は当然、さらに、来た事も無い日本語までぺらぺら。これには、恐れ入った。こんなのがウジャウジャいる。
<ローカルスペース>
徳島のパラソルショップ
徳島市新町商店街では、海が間近の川岸にウッド・デッキを整備して、毎週土日にその上でパラソルショップを開催している。県の駐車場をこれに変えるのに6〜7年を要し、新知事になってから一気に官民一体で作り込んでいき、現在の賑わいを得た。
一関らしさとは?
セキやんひとこと:住民ひとり一人が生活者として、地域との関わりを深めていくことが、自らの地域の浮沈に関わるのだ、という自覚がポイントか?これは、北海道の富良野の地域興しも同じで、官も民も「当事者意識」がエネルギーの元。公務員が自腹を切って個人の立場で、地域のイベントに関わっていくという気概も必要かも?
平泉という歴史的バックボーンを持つ、文化の町一関。その文化拠点作りが望まれるところ。一関を発信するには、「文化の香る自然豊かな町」という方向が、全国ひいては世界に対してわかり易くかつ訴えていける要素ではなかろうか。それには、縄張り主義を捨てていく事が第一歩。それを、連携の動きに仕向けられるスキームが必要で、その根本部分に行政の重要な役割が有る筈。
セキやんひとこと:今なら、手を挙げれば、地域全体の将来を考えるための施策が盛りだくさん。つまり、国では「地域の事は地域で、頭と身体から汗を出して」というスタンス。しかし、その主旨が、市町村レベルまで浸透してないのでは?と感じられる。次世代に対して、今我々は何が出来るか?どんな具体的行動をするのか?ということに凝縮されるのではなかろうか。
第12号(1998年10月30日)<グローバルスペース>
王(ワン)さん一家
毎度お馴染み台湾の中小企業設計部長の王さん一家は、奥さんと子供2人の4人家族。趣味は、山登りで、よく台湾の最高峰玉山(ユイシャン)にも登る。この玉山こそが、例の真珠湾攻撃の暗号「新高山(ニイタカヤマ:日本名)登れ!」に用いられた山だ。これが富士山よりもはるかに高く、約4000mもある。国土は狭いが、高低の起伏は激しい訳だ。前段はさておき、この王さん一家、午後8時になるとテレビを消して11時までの3時間、4人とも各々のテーマの勉強や読書に取り組む。子供達はわかるが、王さんや奥さんまでもがそれを日課にしているとはある種のカルチャーショック。ビールを飲みながら、日本シリーズをボヤっとみている小生とは雲泥の差。日本人は、過去の遺産を食いつぶしていると直感したものだ。思い出す度、謙虚に初心に返らねば!と思う。
ナナ・ローリングスさん −国際シンポジウム「アフリカ開発へのビジョンと提言」より−
セキやんひとこと:淡々と「技術者が勉強を怠ると、時代に置いていかれますよ」と語る王さんに本物の「学ぶ姿勢」を見せられたような気がした。
ガーナ大統領夫人の彼女の基調講演は「自分自身が運命の担い手」という演題で、「アフリカは見込みのない大陸ではありません。少ない資源で厳しい試練を克服しています。」と話し、NGO活動を通じて、自分達自身が運命の担い手なのだということが分かってきたと語った。そして、「明確な目的意識と状況を改善できるという自信」を少しずつ持てるようになってきたと続けた。
セキやんひとこと:いまだに大人の読み書き教室をやらなければならないようなガーナ。そんな逆境の中でも、希望に満ち溢れた息吹きを感じた。かたや不透明感が蔓延している日本、陳腐な表現だが、人間らしく生きるとはどういうことなのかと立ち止まって考えてしまう。
<ローカルスペース>
地域主権フォーラム
このところ決して評判の良くない(失礼!)JC主催のフォーラムで、直前会頭の村岡兼幸氏の示唆に溢れるお話しを聴いた後、パネルディスカッションでコーディネーターをつとめてきた。ある種停滞気味でタブー視されている町村合併に対する忌憚のない意見を、関係3市町の議員さん代表から引き出すことが出来た。勿論はじめに合併ありきではないが、地方主権に移行する中では、直面せざるを得ない課題だ。JCの行事の利点?を最大限生かして、存分に突っ込んでみた。聞かれていた方々の感想や如何に。自分達の問題としてとらえてもらえただろうか?
セキやんひとこと:ひと昔前サラリーマンのかたわら手弁当でJC活動をした人間として、今時の活動の低迷ぶりを嘆いていた一人だった。しかし、それは誤解の極みで、現在の厳しい経済状態の中でしっかりとその精神は現役メンバーに受け継がれていると見直した。自分自身無責任な評論家気取りではなく、自らウラを取ることを忘れてはならないとまた反省しきり。当事者意識を持つとは、実はこんな些細なことの積み重ねなのかもしれない。
第13号(1998年11月13日)<グローバルスペース>
KINBOSHI Higashi-Osaka
先週、東大阪商工会議所主催のメッセを視て、そこのキーマンとお話しする機会を得た。ご多分に洩れず、中小製造業の苦戦は続いている。その自覚に立って、従来から存在した国内シェア一番の会員企業約百社を集めた「きんぼし東大阪」の英訳版を発行し、中小製造業が海外に直接打って出るサポートをしている。当日もスウェーデンのテレビ局の取材が入ったり、海外からも引き合いが来たりしていた。しかし、はじめから目処が立っていた訳ではなく、海外からの取材も昨年たまたま採用した新入職員が英語を話せたから対応できているし、インドの工業展で大胆な小間借りをして強烈にアピールするなど、走りながら綱渡りの積み重ねで具体的な成果を出している。
21世紀は知的工業製品の時代 −ベンチャーキャピタリスト:原丈人氏の講演より−
セキやんひとこと:「何かをしなければ」という気持は、誰しも持っている。でも、その何かを探し出せないのが実状。しかし、元気なところは、結果を恐れずチャレンジしてみるキーマンが必ずいる。そのキーマンのまわりに、皆さんのエネルギーが吸い寄せられるという図式が、活性化の共通点。日本を含めて世界は同時進行だから、後追い・模様眺めでは、とても突破口は見出せない。
シリコンバレーで活躍する原さん、20世紀は「物的工業製品」中心だったが、21世紀はソフトウェア・通信技術・バイオテクノロジーなどの「知的工業製品」へシフトすると10年以上前から持論を展開していた人。また、アメリカの学生の考え方についても、20代という若くて能力もチャンスもある黄金期に、わざわざ大企業に入って機械の歯車になるなんて、アメリカ人にとっては愚の骨頂だと言及するなど、日米の環境・心情の違いを指摘し、ベンチャーキャピタリストにとっては、日本は残念ながら魅力のない市場だと述べた。
セキやんひとこと:製造業の括りを「移動(輸送)可能な製品を作り出す仕事」と再定義すべきという小生の持論と合致し、また学生気質は小生が接した西海岸のMBAコースのそれと一致し、自説に確信を増した。つまるところは、フロンティアスピリット「GO!WEST」だよなあ!
<ローカルスペース>
人事考課の際の留意点
人事考課は、「裁く、アラ探しをする」と良く誤解されているが、本来の目的は「自己実現の手伝」。11月も半ばとなり、そんなことが話題になる(話題に出来るだけ良いのか?)時期になったが、考課者が陥りやすい心理的誤差傾向がある。ハロー効果、遠近効果、極端化傾向、対比誤差、等など。納得性のある考課を実施するための留意点を会得することも必要。
セキやんひとこと:当方の中小企業での実践を踏まえた「考課者の心得」研修メニューを用意できる。詳しくは、経営トップ自身のお考えによるので、お問い合わせ乞う。
第14号(1998年11月27日)<グローバルスペース>
日本の中で元気なガイコクジンの根拠 −慶応大学、島田晴雄教授の講演より−
日本の企業はみんな収縮していて、日本人は自信喪失し、ほとんど下を向いて歩いている。しかし、外国では日本をそう見ていない。それは、次のような観点で判断しているから。日本は、
1.金がある(ただし、使い方を知らない)
2.消費力がある(最近は、銀座あたりに続々とブランド物の店がオープンしている)
3.質の良い労働力がある(貧富の差なく教育訓練が行き届いている)
4.緑豊かな農地が余っている(他の大国は、国土の殆どが砂漠かツンドラなどで使い物にならない)
5.生産技術が優れている(物作り好き・前向き指向)
6.対外債務が無い(アメリカは最大の債務国)
・・・etc。
だから、今や外人が不自由な言葉を操りながらも日本中駆けずり回っている。言葉に不自由の無い日本人が、ビジネスチャンスに挑戦しないのは、腑に落ちない。
セキやんひとこと:大揺れの金融界で、公的資金を受け入れない銀行が出た。これは護送船団方式を否定する象徴ともいえる。しかし一方、やはり「みんなで渡れば恐くない」方式は、そうやすやすとは変わらないのでは?と、自分には無縁なことと思っているのもまた生活者の実態だ。なにしろ、日本の産業の6割は市場原理でなく、護送船団の論理で動いているといわれているのだから。アメリカ型の徹底した資本主義にも問題はあるが、戦後の経済復興を既に果たした日本にとっては、社会主義的な経済の方がもっと害毒が多いのだから、自然の理からいってもこの流れは止まらない筈。もう人生が終わったと考えている人は別だが、これからも前向きに生き次世代への責務を果たそうとするならば、早めに頭を切り変えることに如くはない。時間は無限ではないから。
<ローカルスペース>
戦略15年、戦術7年
経営者が標記事項を一通りマスターするのに要する時間だという。勿論日々の研鑚が前提だが・・・。では、その間の経営の運営はどうあるべきか?経営は、学問でなく実業だから、一刻の猶予も許されない。ひとつの便法としてPDCサイクルを実務で回転させていくというのがあるが、この方法をさらに現状立脚形に変形して成功しているのが、イトーヨーカ堂の鈴木敏文社長だ。まずSEEで、現状の数字・データを「視」る。次に、THINKで「優位性や問題点を把握」し、PLANで「対策・計画」を練る。そして、最後にDOで「実行」し、再度SEEに結び付ける。一見PDCサイクルと変わらないようだが、SEEから始めるので、絵に描いた餅とはなりにくい。経営者の姿勢とは、15年後に独自のやり方で腕を振るえるよう、日々研鑚に努めることかも。
セキやんひとこと:SEE〜THINKの方法にも様々あるが、単刀直入な方法が「年計」と「構成比の分析」を活用すること。売上台帳があれば、だいたい作れる。詳しくは、お問い合わせ乞う。
第15号(1998年12月11日)
<グローバルスペース>
ビッグと弱小?のせめぎあい −シリコンバレーウォッチャーより−
アメリカ大手PCメーカーのコンパック、IBM、HP。片やその外注組み立て業者である中小組み立て事業者の力関係に変化が現われてきた。従来PCメーカーが自社純正部品を使用することによって性能も保証されると主張してきた論理にほころびが出始めたのだ。何しろ指定の純正部品は、同等性能の市場流通部品と比べると2倍かそれ以上も高い。従って、組み立て業者の中には、組み立て技術のノウハウを活用して自社製品を作ってしまうという、いわゆるBYO(ビルト・ユア・オウン)の動きが活発で、それをサポートする部品ブローカーさえ出現している。実際98年の米国では1200万台ものデスクトップ・サーバーが販売されるという状況である。アメリカでも大手の経営戦略の見直しが急務のようだ。
セキやんひとこと:彼の地では、とてもソフトが重要視されている。ハードは「外」へ出すが、ソフトは絶対「中」においておく。しかし、ものづくりの基本は、一発当てるということではない。むしろ、利便性や快適性を多くの人に提供することがその目的である。それには、ソフトとハードの両輪が必要で、軽重はつけられない。この原理に反すると必ず破綻を来たす。
<ローカルスペース>
マクロの経済「貸しはがし」 −情報の取り方・生かし方セミナーのさわり−
月曜日の景気指標というページは有益だ。数ある指標の中でも、今回は通貨供給量に注目する。日本のそれは「M2(現金+定期預金)+CD」で、前年比4〜5%増で推移している。一方アメリカのそれは「M1(現金)」で、前年比0.3〜0.8%程度で推移している。しかも、前にも話題にした「CRB先物指数」が、ここ1年で20%も下がっているから、世界的デフレだ。だから、アメリカの景況は、この指数からも説明がつく。デフレ経済の中で、お金が同じだけ流通しているから、人々は暮らしやすいと感じ、良循環から景気も当然良くなる。一方、日本では日銀がお金を増やしてもインフレにならずに、むしろ経済が収縮する一方だ。つまり、そのお金は金融機関に取り込まれ、下落した不動産担保への補填に当てられている。つまり、政府系金融機関等から市場に出たお金は、一瞬にして市中の金融機関に回収されるという「貸しはがし」状態といえよう。
セキやんひとこと:これは、各金融機関が保有している預金に応じて日銀に積むことが義務づけられている「準備預金残高」からも裏付けられる。ここ1年は、それにほとんど変化が見られない。つまり、個人も企業も財布の紐が固くなっていて余裕があれば預金するという状況なのに、預金が増えていないという事実から、巷にはお金が廻ってきてないということが言える。