第16号(1998年12月25日)<グローバルスペース>
経営の全体像 −P.F.ドラッカーの言葉より−
経営の全体像をきちんとつかむことが難しいという事を、かの有名な米の天才経営コンサルタントのドラッカーは、ジョン・ゴドフリー・サックス(1816-1887)著「盲目の男たちと象」(仏教の聖典からの出典とされている)を引用して、「まるで目の見えない人が、象の姿を話しているようなものだ」と表現している。
目の不自由な人たちが動物園に行って、おとなしい象に触らせてもらった。あまり時間が無かったので、ほんの少ししか象に触らせてもらえなかった。動物園から帰った後、象がどのようなものであったかみんなに話してもらった。象の牙だけに触った人は、象はまるで槍のようであると言った。象の鼻だけを触った人は、象はまるで大きな蛇のようだと言った。足だけを触った人は、象はまるで大きな木の根のようであると言った。象の耳だけに触った人は、象はまるで大きなうちわのようであると言った。一つひとつは正しいが、これだけで象の全体像を掴むことはできない。
ー我が師である竹田陽一先生の「ランチェスター版」解釈で、曰くー
これは単なるたとえ話だが、経営についても同じことが言える。経営の中心部分は形が無い。しかも、質が高くなればなるほど見えにくくなるという皮肉なものだ。そのために、経営がどのような要因で構成されているかさっぱりわからないのだ。仮に経営を構成している要因がうっすらと分かったとしても、それぞれの要因がどれくらいのウェートを持つかについては、いよいよわからなくなる。その結果混乱が生じる。これをよくあらわしているのが各種の経営セミナーでの話を聞いて、一過性的に納得する経営者の心の動きだ。例えば、
・経理の仕事や税務の仕事を長くやってきた講師は、経理のやり方や帳簿の付け方をきちんと管理すれば、必ず業績が良くなるという。人はことの他お金にこだわり、ことの他お金にとらわれているので、セミナーでこういう話を聞いた社長は全くそうだと思う。
・工場で生産関係の仕事を長くやってきた講師は、コストダウンやQC活動それに改善の提案制度を積極的に推進すれば工場で働く従業員が活き活き働くようになるので業績はグングン良くなるという。モノを加工するのは好きであるが、営業戦略を苦手としている社長は、こういう人の話を聞くとこれはもっともなことだと考える。
・人事管理や労務の仕事を長くしてきた講師は、給料制度や人事制度の処遇をきちんと・・・。
・歩合給を中心に訪問セールスの仕事を長くやってきた講師は、セールスこそが経営の中心・・・。
・パソコンや事務機の販売を長くしてきた講師は、全員にパソコンを与え・・・。
・宗教かそれに近い仕事をしてきた講師は、感性や情緒こそが経営の中心であるから・・・。
・別の会社の社長は、従業員が50人もいないのに100万円以上の大金を出して、帝王学・・・。
それぞれの講師が言っていることは、どれも正しい。しかし、象で言えば、牙や鼻や足や耳などほんの一部を語っているのに過ぎないのである。経営の一部を直すのも大事だが、経営の全体計画が無いまま、一部を直しても業績は決して良くはならない。日本には、700万もの企業があり、国の経済や政治に重要な影響を与えるというのに、経営を構成している大事な要因をはじめとして社長が責任を持って担当しなければならない役目の内容が、いまだにはっきり解明されていないというのは実に不思議な気がする。ところで、いままで経営の全体像を掴まないままいろんなセミナーに参加し多くの時間やお金を使ってこなかっただろうか?
第17号(1999年1月8日)<グローバルスペース>
ユーロのスタート
EUの統一貨幣ユーロが、いよいよスタートした。とは言っても、ユーロの通貨が実生活でやり取りされるのは、2002年以降となる。つまり、当面はあくまでも帳簿上の決済通貨でしかないが、あらゆる意味において画期的な試みであることは間違いない。
セキやんひとこと:先進的なことにはつきものである「混乱」が大したことでなければいいのだが・・・。例えば、予定11ヶ国通貨との交換比率は、アイルランドの0.7876程度から、イタリアの1936余りまで、何とその差が24586倍にも及ぶ。各々の当事国の努力が、その克服の鍵になる。
<ローカルスペース>
千葉一郎さんが栄えある清水晶記念マーケティング論文賞入選 −専門紙より−
これは、マーケティング・商業経営・流通経済などの分野における実務面での向上、改善に優れた業績を発揮しうる論文について贈られる全国的にも権威ある賞です。これに、当一関市在住の千葉一郎さんが見事入選されました。テーマは「金融ビッグバンと顧客志向への転換〜流通業へ接近する金融業」です。おめでとうございました。
一関市長選挙への提案
セキやんひとこと:我が街に、こんな格調高い論客がいるかと思うと、嬉しくなります。文字通り実務面でその実力を発揮して頂く環境を周囲の我々が築くことで、地域の活性化に大きく結びついてくれるでしょう。地域のポテンシャルとはこんなところにこそ有るのだと思います。
21世紀の一関を負託する首長選挙にしては、我々有権者含めた当事者全員が真剣味に欠けると憂慮した。それに対して自分が出来ることは何かと考え、幸い4年前の選挙の時に一関JCが調査研究を進めた「共同個人演説会」のノウハウを目にしたので、それを煮詰めて一市民として各予定者に提示し、効果性を追求して5日に記者会見した。マスコミ各社が好意的で5紙に掲載され、一定の成果を得たように感じる。現時点ではまだ障害は大きいが、提案者の責任として可能性のある限りあきらめない。今日中に、より具体的な案を各予定者事務所に提案する。行ってきま〜す。
セキやんひとこと:現状の公職選挙法では、その主催については、公職の候補者以外は主催出来ないことになっているが、候補者本人同志2名以上の合意さえ有れば、特に拒まれるものではないとされている。要は、候補者とそれを要求する選挙民の「熟度」の問題だと思う。選択のモノサシについて、地縁血縁の集票合戦から地域経営能力への転換を望む向きは、少なくない筈だ。かく言う小生の行動パターンは、最近ハムレット型よりドンキホーテ型になっているようだ。
選挙号外(1999年1月15日) 第18号(1999年1月22日) 第19号(1999年2月4日) 第20号(1999年2月19日)
<ローカルスペース>
13日の市政の在り方を考えるフォーラムご報告
14日の岩手日日新聞によると30名、岩手日報によると20名の参加だった昨晩のフォーラム。当方の基調講演の後、参加された方々と質疑応答を通じて、現行公職選挙法を勉強し理解を深め、改めてその問題点を認識しました。また、市民自身の意識の持ち方なども論議され、今後の具体化へ向けての話し合いを行ないました。今回のフォーラムに対しては、様々なご感想が持たれ、いろいろな評価をされておりますが、突然個人で主催したキナ臭いテーマにしては、良くお集まり頂いたと自分では満足しております。更に、お帰りの際にカンパの協力を頂いたのですが、これがなんと大枚1万円を含め、計5万4200円にものぼりました。最初は、会場費に補填しようと考えておりましたが、皆様のお気持を思うととても軽々には使えませんでした。そこで、「本気基金」と名づけて当面預けておくことにし、14日一関信金に口座を開設して入れてきました。なにか今後有効に使えそうだと判断できるまで、皆さんのお気持を取っておきたいという気持にさせられましたから・・・。市民の責任として、しっかりと候補者を見極めるべく、14日夜も民区の集会所で開かれた某候補者の個人演説会に行ってきました。15日は、同じ集会所で他のお2人の個人演説会が開かれます。直に、話を聞くと良く判ります。人間の感性も捨てたものではないように思います。本番は、17日です。ゆめゆめ棄権することなきよう、一関市民として堂々と投票行動しましょう!別に公選法を否定している訳ではないお節介男のセキやんでした。グッド・ラック!
ばっくん解説:第17号で掲載した「一関市長選への提案」はセキやんが「一関方式」と名づけ、詳細なシナリオを作成して候補者へ配布するなど実現へ向けて行動するも、最終的には主催者となる候補者自身(陣営幹部?)の合意を得られず実現にいたりませんでしたので、代案としてセキやん主催の「市政の在り方を考えるフォーラム」を開催したものです。
<グローバルスペース>
デフレ考 その2
経済的な歴史を検証すれば、「デフレは平時、インフレは戦時」である。インフレとは、お金でモノが統制できずに相対的にモノの価値が上がること。逆に、デフレとは、お金の価値が一番でモノの価値が相対的に下がること。歴史的に見て、現代のように前借り経済下でのデフレの経験が無かったことが、人々の不安感を駆り立てるのではないだろうか?そうした意味では、今まさに経済的なエポックに突入しているのだろう。これを乗り越えること以外に、次代への活路を見出すことは出来ないような気がする。
セキやんひとこと:世界的には以前触れた「CRB指数」が更に10ポイントも下がっているし、国内のマネーサプライを見ても、手元流動性の高い資金を確保しようという動きが読み取れ、現金信奉が顕著である。つまり、間違いなくデフレスパイラル真っ只中ということ。この経済収縮の流れを断ち切るのは、国家レベルでの将来への明確なビジョンの提示と不退転の行動しかない。欧州各国のユーロへの始動が、その好例。
<ローカルスペース>
一関市長選挙と市議補選の総括(ドンキホーテ型せんえつ版)
一関市民の選択は、36年間続いた行政出身首長の継続を望まなかった。また、市役所のOBや農協のOBに市議会の活性化を望まなかった。と言えば、乱暴に過ぎるだろうか?様々な争点はあったが、ともあれ、市民は選択し、選挙は終わった。各候補者の地域を思う気持に甲乙はつけられない。それだからこそ、悔いなく候補者が自分の考えを訴えることが出来たのか、そこが小生のもっとも気になるところだ。今回共同個人演説会を提案したのは、市民サイドからすれば、一堂に会した各候補者のナマの姿に触れる機会を持ち、市民の眼力で正々堂々と判断する一助にしたかったことであるが、一方各候補者の方々が自分をしっかり主張するという機会を通じ、誰の選挙なのかはっきりしないような従来型の集票合戦からの脱却をはかるべきだということも大きな理由の一つだった。少なくても、トップを選ぶ選挙は、そう有るべきではないだろうか。今年は選挙の当たり年で、一関でもこれから県知事選挙、県議会議員選挙、市議会議員選挙と目白押しだが、候補者の方も選挙民も欲求不満を極力残さないような仕掛けが必要だ。
セキやんひとこと:今回、公職選挙法にお付き合いして感じたことは、中立公正であるならば何も恐れる法律ではないということと、出来れば余計なことをやって欲しくないという時代遅れ?の法律だということ。つまり、しっかり選良を選び出すための応援歌ではなく、性悪説を前提としたいかにも選挙民を信頼していない近代国家らしからぬ法律のように感じた。国会あたりで、改正論議が起きないのが不思議な気がする。
<グローバルスペース>
国際収支のバランスシート的認識
国際収支に関して、日本は大幅な黒字で、アメリカは赤字だ、という理解が一般的になされている。しかし、これはあくまでも、貿易・サービス収支や投資収益収支からなる「経常収支」でのこと。実は、国際収支にはもう一面、「資本収支」というものがある。ちょうど、貸借対照表B/Sで言えば、経常収支が借方で、資本収支が貸方という位置づけになる。つまり、経常収支がプラスになると、その儲けた分のお金が資本として他の国に流出して(つまり、資本収支がマイナスになり)トータルでバランスするというとらえ方だ。国際収支発展段階説といって、国の経済発展段階を論じる学説もある。「未成熟の債務国」に始まり、「成熟した債務国」、「債務返済国」、「未成熟な債権国」、「成熟した債権国」、「再建取り崩し国」という段階を経るということだ。日本は1970年頃まで、貿易・サービス収支は黒字、投資収益収支は赤字、経常収支全体では黒字だったから、「債務返済国」。その後、投資収益収支も黒字に転じ、「未成熟の債権国」となり、現在もこの段階にあるということ。イギリスやアメリカは、各々のパックスPAX(支配による平和)時代に、「成熟した債権国」や「再建取り崩し国」の経験をしている。
IBMのボーナス
セキやんひとこと:経常収支と資本収支の関係については、100$しかないのに200$も300$も使いたいアメリカ人の国民性と、1000万円持っていてもどう使ったら良いのか分からない日本人の国民性とを連想すれば、納得し易い。これに戦後長すぎた日本の間接金融政策が拍車を掛けたのかもしれない。
1998年決算が同社としては史上最高で、前年比約4%増の増収増益だったIBMが、その純利益全体の4分の1に当たる金額をボーナスとして出すという。
セキやんひとこと:1人当たり約63万円ということだが、29万人の社員は大喜びだろう。
<ローカルスペース>
メイセイオペラの快挙
岩手競馬所属の菅原勲騎乗のメイセイオペラが、人気ジョッキー武豊騎乗のエムアイブランに2馬身の差をつけ、第16回フェブラリーステイクス(1月31日なのに、February?)で、地方馬として初のGT制覇を成し遂げた。
セキやんひとこと:地方から中央へ打って出ての快挙は実に爽快だ。われらが経済もこう有りたいもの。
<グローバルスペース>
香港情報 −17日夜、帰国したH.I氏の情報−
香港の旧正月のフェスティバルに行ってきた彼の言によると、香港には大規模ショッピングモールが続々できて、ハンバーガーやらコーヒーやらが一気に人々の口に認知されてきている。また、そのプロパガンダとして、シネマコンプレックスが大きな役割を担っている。あちらでもこちらでもアメリカ映画を繰り返し繰り返し上映しているという。12億人の民を見据えた中長期のアメリカ戦略の凄さを見せつけられたとのことだ。
シリコンバレーの2つのIC −日経情報ストラテジー3月号より−
セキやんひとこと:コカコライゼーションという英語が有る。文字通りコカコーラ化、すなわち急激なアメリカ化という意味だ。経済活動用語の語源は、アメリカ国防総省ペンタゴンから派生したものが多いことからも分かる通り、今時の経済活動の理論は圧倒的にアメリカ的なものが多い。80年代不振だったアメリカ経済が不安がられながらも現在こんなに活力を持てているのは、戦略理論に立って現物経済から非物経済への転換による新しい価値の創造をしたからに他ならない。そして、戦略を支える「タフネス」な意欲こそが、戦略や戦術の供給源であり、元気の源泉なのだ。停滞している経営は、今一度創業時の意欲願望を思い出すことが最大のカンフル注射だ。ただし、しばらく打たないと効力が薄れてくるし、体力をつけておかないと心筋梗塞を起こすから要注意。
実にシリコンバレー技術者の50%が中国人で、30%がインド人と言われている。つまり一つ目のICは、インド人と中国人(Indian&Chinese)の意味だ。シリコンバレーのオープンな風土で、東洋人の才能が見事に開花しているということ。そしてもう一つのICは、ベンチャーが生まれる必須の条件であるフラットな水平方向の関係が、知的資本(Intellectual Capital)を産む源泉ということだ。
セキやんひとこと:オープンでフラット、これが正にこれからのキーワードのような気がする。そして、日本人の原点がここにあることを思い出したい。江戸時代には、農民はきちんと米を食していた。当時は、世界のどの国よりも庶民生活が安定し豊かだった。決して越後屋や悪代官が幅を利かせていたのではないのだ。かつて経済大国から鎖国という内向への大転換を成功させた日本人が自信を取り戻すことが、世界経済を混迷から引き上げる唯一の手段である。その変化への胎動なら、勇気をもって進んで受けたいものだ。
<ローカルスペース>
傍聴者の数510名 −岩手日日新聞より−
一関市市議会始まって以来の傍聴者数の多さだ。16日の臨時議会は、傍聴席は勿論、大会議室と議会のサロンに用意された大型モニターさえも人だかりで良く見えないという状況下で開催された。重箱の隅をつくような市議の質問もあり「建設的でない」「市議会を解散した方が良いのでは」という声も聞かれた。一方、浅井新市長に対しても「具体案を持って議会に臨んで欲しかった」と厳しく注文をつける向きもあった。
セキやんひとこと:小生も間際に傍聴に駆けつけて感じたが、今回の臨時議会開催は地方自治法に則って議員が請求し、それを市長が受け入れ開催したものである。そういう手続面では、全く問題は無い。だが、取り上げられた「病院建設」問題に余りにもとらわれ過ぎていないか、本質面に危惧を感じる。