「経営の腑」第41号<通算 第356号>(2012年1月6日)
販売チャンネルを間違えると売れない 一倉定著「新事業・新商品開発」(社長学シリーズ第4巻)より引用
「今まで世の中になかった商品」は、「お客様一人一人に説明しなければ売れない」ということを忘れてはならない。誰かに説明してもらわない限り、そういう商品があることを、お客様は知らないからである。
新商品の販売チャンネルで興味深いのは、武田薬品で発表した「いの一番」である。常識的な食料品ルートを使わずに、米屋のルートを使ったのは、その裏にある苦心のほどが想像される。激烈な薬品業界の販売戦で鍛えているだけに、考え抜いた末に決めたことであろう。
どのような販売チャンネルがよいかということは、本当のところ「やってみなければ分からない」のである。
だから予め考えられる複数の販売チャンネルを選びだしたら、あとは実験によって確かめるより外はないと思うべきである。こうしたテストを“市場実験”という。
この場合に、複数の販売チャンネルを同時に実験したほうが比較できて判定が楽にできるという利点がある。
市場実験は、その商品の性格に従って、地域、販売チャンネル、店舗、対象業種などを限定し、一定期間の販売活動を行ってその結果を見るのである。
結果の判定についての明確な基準といったものはないといってよい。前項にあげたように、強い商品力を持っていても、なかなか売れない商品もあれば、初めは順調のように見えても、あとはサッパリだというようなものがあるからだ。だからといって、何の基準もないのでは困るので、一般的な判定基準をのべてみよう。
1.市場実験で順調な売上をあげたチャンネルは、あげないチャンネルより良い。
2.消費財や業務用品のように、流通業者を通して売るものは、1年または1シーズンやってみて、売れ行きが芳しくなければ、その販売チャンネルは不適と思ってよい。
3.2の場合には販売チャンネルを変えてみる。それでも売れなければ、それは「商品力がない」と思わなければならない。
4.エンドユーザーに直販する場合は、2年やって実績が上がらなければ、それは“経営者の我の申し子”だと思ったほうがよい。
というようなところであろう。しかしこれは予め断ったように、絶対的なものではない。“天動説病”にかかって、自ら売ろうとしなければ、たとえ商品力があっても売れないし、価格政策の誤りがあるかも知れない。大器晩成型の商品は熟成期間が足りないということもあるからだ。
だからこそ、社員の意見や数字だけでなく社長自ら外に出て、流通業者の意見を聞き、流通の実態を確かめ、エンドユーザーの声に耳を傾け、そこから正しい判定をすることが大切なのである。
セキやんコメント: 大手企業出身者にありがちだが、傘下の企業にチカラヅクで売り込もうとする。だが、現役として所属しているうちは効き目もあるかもしれないが、勇退後に中小企業でそれをやろうと思っても、看板が外れているでまず効力はない。やはり地道に市場直結のチャンネルに働きかけることに尽きる。
「経営の腑」第42号<通算 第357号>(2012年1月20日)
資金運用計画は企業体質強化のため 一倉定著「社長の条件」(社長学シリーズ第7巻)より
S社の専務いわく、「資金運用計画は、単なる資金運用のためではない。経営体質の強化に役立てるためだ」と。全く至言である。その実証を、私は本章でいくつかあげてみたのである。
資金運用を、単なる資金繰りという経理業務としてとらえるところに、根本的なまちがいがある。利益が出ているかぎり、金のやりくりは経理担当者の責任である、とすましている問題ではない。第一、資金運用のやり方で、損益が相当変わるのだ。
資金運用計画を実際に立ててみると、資金の回転がいかに重要であるかがよくわかり、資金繰表をつくってみると、金利負担の重大さをヒシと感ずる。
そして、そのどちらも、経理担当者の力で改善できる部分はごくわずかである。重要な部分は社長でなければどうにもならないのだ。ほんとうの資金運用者は社長なのだ。なぜかというと、それは政策の問題だからである。
売掛金の限度をどこまでにするか、製品在庫をどれだけ持つのか、買掛金の決済を現金と手形でどのようにするのか、設備投資をいくらにするのか、ということを総合的に決定するものは、資金運用計画だ。
その決定によって、人々の活動の方向が決まる。さらに重要なのは、資金運用のやり方によって、利益は同じでも、バランス・シートは全く変わってしまうということである――これが分かってくればほんとうである。こうなると、社長の言に自信と重みが加わってくる。
資金運用計画こそ、社長の方針そのものであり、企業内の人々の活動の目標なのである。私は経営計画書に、おもな品目について資金運用計画から導き出される期末残高を目標値として明示することにしている。次に資金運用計画を、利益計画にもとずいて基づいて月別に展開したものが資金繰表なのである。つまり、資金繰表とは、経営計画そのものなのである。形が変わっているだけなのだ。だから、この資金繰計画と実績とを比較することが大きな意味を持ってくるのだ。このことを理解している人はきわめてまれである。先生方の本にもあまり書かれていない。
大部分の人は、資金繰表とは、経理部門で、予測に基づき、実績を参考としてつくりあげるものだと思っている。むろん、それも資金繰表には違いない。しかし、それは経営計画と直結していないから、単なる資金繰り予想表であって、経理部門では役に立っても、経営の資料としてはあまり意味がないのである。
社長が見る資金繰表は、あくまでも「本物」でなければならないのである。
セキやんコメント: 金融機関からの借入も同じで、社長がそれを戦略的に捉えるか、単に「たまたま用立てて貰った金を返している」と捉えるかによって、まったく金融機関の対応が異なってくる。いざという時にメーンバンクが親身になるのは、借入金を戦略的に捉えてコミットしている経営者に軍配が上がる。単に「用立て係」としての位置付けでは、知らん振りをされるのが関の山で、懲りている社長さん方を散々目にしている。
「経営の腑」第43号<通算 第358号>(2012年2月3日)
目標を変更するのは誤り 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻)より
とにかく、“どおり病”というのは根強い。権威者と称する人種の中にも、目標と実績はだんだんと違ってくるから、適当な時に目標を修正しなければならないという主張をするバカ者がいるのだから全く困ったものである。事業経営というものは、そんな甘いものではないのだ。
目標が、我社が生き残るために必要な、最小限度の数字を基本にしている限り、達成が難しいからといって、目標を変更するのは、我社の生き残る道を、我手でふさいでしまうことになるのだ。
目標より実績が下回っているということは、我社の危険を意味している。その差が大きければ大きいほど、我社の危険度が大きいことを知らなければならない。
それを、目標が実績を上回りすぎたからといって、実績に合わせて目標を変更することは、「我社の危険を見えなくしてしまう危険」を犯すことになる。いかに間違った考え方であるか、思い半ばにすぎるものがあるのではないか。
だから、いかに目標と実績が離れようとも、目標は変更せず、その差こそ我社の危険である、という正しい認識をもって、これをつぶすことに全力を尽くすことこそ、我社を存続させる道に通ずるのである。
数字の持つ意味が分からずに、いくら数字をひねくり回しても、どうにもならないのである。
(中略)
つまり、目標はあくまでも我社の目指す姿として、現実がどうあろうとも動かさず、現実問題は現実に即して手を打つのである。その現実問題においても、どれだけの不足を補わなければならないか、という計画の基礎は、目標と予測との差異なのである。目標が厳然と存在すればこそ、現実問題の処置がうまく取れることを忘れてはならないのだ。
目標を、現実に即して変えなければ経営できない、というのであれば、それは全くの“成り行き経営”であって、そんな考え方をしていたのでは、自らの事業を革新することなど永久にできないのである。
目標を変更してはいけない、という法律があるわけではないから、達成率を高めるために目標を変更するのは自由である。しかし、それは全くの間違った態度であることを知らなければならない。
では、いかなる場合にも、目標を変更するのは間違いかというと、それも違うのである。目標を変更する方が正しい場合が二つある。
その第一は、客観情勢が大きく変わって、現在の目標では生き残る条件が満たせなくなった場合である。
その第二は、社長の持つ“未来像”の発展による場合である。
以上の二つの場合は、あくまでも前向きのものであることに注目していただきたい。
このように、企業目標の変更はあくまでも前向きに、企業の存続と発展のために行われるのであって、後ろ向きに達成率を高めるために実績に合わせて行うものではないのである。
セキやんコメント: 今回は、いわゆる専門家でも陥り易い間違いを取り上げた。というのも、大組織体では目標変更して成り立つ場合(他部署に稼いでもらう等)もあるが、自らの食い扶持を確保しなければならない中小企業ではそうはいかないのだ。中小企業的には、単年度計画は変更しない、中長期構想は常に前向きに変更するというように考えると分り易い。
「経営の腑」第44号<通算 第359号>(2012年2月17日)
成果の達成を指導する 一倉定著「社長の条件」(社長学シリーズ第7巻)より
経営計画は、幹部を集めて発表会を開き、社長自ら決意を述べ、説明を行なって、幹部の覚悟を促すのだ。これをやらずに、計画の社内への浸透は期待できない。これが上から下へのコミュニケーションの最重要なものである。
各部門の長は、経営計画実現のための部門別計画書を作成して、これを社長に提出する。これによって社長は経営計画がどのように理解され、どのように実現しようとしているかがわかる。これが、下からのコミュニケーションである。
部門計画は、部門計画説明会によって、他部門の人々に知らされる。これが横のコミュニケーションである。
社内のコミュニケーションとは、このように経営計画と部門経営計画によって基本的に行なわれ、社内のすべての話し合いは、必ずこの二つの計画を中心として行われなければならないのだ。単なる話し合いは、お互いに自分の立場を主張することに終わる危険が多いことを知らなければならないのである。
計画の実施については、思い切って任せ、ああだこうだ、とあまり言わないほうがよい。特に、やり方について、いろいろ指示するのは厳禁である。要は目標を達成すればよいのだから、やり方はいわずに、目標達成をあくまでも要求することである。
そのためには、任せっぱなしではいけない。定期的にチェックする必要があるのだ。チェックをしないなら、計画や目標など立てないほうがよい。これをやらないと、目標は飾りものになってしまう。
計画は経営者の決意を表明したものであり、チェックはそれを達成しようとする執念のあらわれなのだ。是が非でも実現するという執念こそ、経営者にとってたいせつなのである。数々の障害を打ち破り、制約を乗りこえて、前進しなければならないのだ。
もしも、うまくいかなくともあきらめてはいけない。あくまでもねばり抜くことが成功をかちとる道である。
セキやんコメント: PDCAサイクルを回す際に最も留意すべきは、DからCにかけてである。余程でない限り、Plan(計画)すればDo(実行)までは行くのだが、そこで何らかの結果が出てその処置に右往左往してしまい、当初目的のチェックなどおざなりになってしまう。そして、肝心の目的は忘れ去られ、頭上のハエを追うのにかまけて、本質的な処置もなされず、同じ過ちを繰り返す愚を犯すことになる。だから、チェックは大事なのだ。達成度チェックは社長の執念、まさに至言である。
「経営の腑」第45号<通算 第360号>(2012年3月2日)
「ひとりよがり」になっていないか 一倉定著「新事業・新商品開発」(社長学シリーズ第4巻)より
「技術的な可能性が証明された」ということと、「これが事業化できる」ということは全く別のことである。
とかく技術屋というものは、技術的な可能性が証明された途端に「これは製品化できる」と思い込む傾向が強い。「これは売れる」とは考えない。製品さえつくればあとは自然に売れてゆくと思っていいるらしい。甚だしい場合には、すっかりトサカに来て、ガムシャラに走りだそうとする。
「事業というものは、市場と顧客を対象とした活動である」ということを肝に銘じなければならないのである。だからこそ、新商品は市場と顧客について、様々な検討をしなければならないのだ。
(中略)
新商品は「それを誰が買うのか」を一番先に考えるのである。顧客と思われるところに現物見本を持って行き、売れるかどうかを確かめてから、新設備なり新会社なりをたてるのであって、まだ売れるか売れないか分かりもしないうちから、製造することを考えてはいけないのである。
私に言わせれば、たとえ売れることが分かったとしても、いきなり多額の設備投資をしてはいけないのである。もしも外注できるのなら、まず外注する。そして、ハッキリした販売実績がついてから設備投資の検討を十分にした上で、初めて行うべきである。
外注できない場合でも、設備は最小限に、それも専用機などではなく、汎用機でやるのである。新事業というのは、何年も続くものでなくては意味がない。何年も続くものなら、何も初めの半年や一年は儲けなくとも、天下の大勢に変わりがないのだ。それよりも、「万一の場合に損失を最小限に止める」という態度こそ大切なのである。
このケースで、もう一つ大切なことがある。それは、
特許は販売保証ではない
ということである。
特許というのは、「今までになかった機構」だということであって、商品化の可能性とは関係ないのである。
それを、「特許を取ったのだから売れる」と考えるのは早とちりである。私は「万八」という言葉を使うことにしている。特許の商品化の可能性は、「万に八つ」しかないということである。このくらい商品化の可能性は低いことを知らなければならないのである。
くれぐれも、特許をとったからといって、有頂天になることはやめなければならない。
セキやんコメント: スリーエムのモットーは「make a little,sell a little,make a little more」だ。あの斬新な商品を生み出し続けている世界的優良企業でさえ「万一の場合に損失を最小限に止める」という態度をとっているのだから、一つの開発が社運を左右する中小企業は、なおのこと「賭け」に出ることがあってはならない。