「経営の腑」第56号<通算 第371号>(2012年8月3日)
環境整備に思うこと 一倉定著「新・社長の姿勢」(社長学シリーズ第9巻)より
環境整備の目を見張るような、ウソのようなメリットを述べさせていただいたが、これだけではない。もう一つ別に重要なことが起こる。
それは、「社員の心に革命が起こる」ということである。
まず第一に社長が気付くのは、礼儀正しくなる、ということである。社長が何もいわないのに、お客様の姿を見ると「いらっしゃいませ」とか「こんにちは」とご挨拶をする。
(中略)
「仕事中はお客様に挨拶などする必要もない」という社長もおられるが、どうも、気が散る、とか真剣味が足りないとかの意味らしい。そういう社長さんに、私は「お客様に挨拶もできないくらい張りつめて仕事をしていたら、1時間と持ちませんよ。会社の仕事はマラソンと同じなのです」と申し上げることにしている。
(中略)
このことで、私はハッと思った。昔の人は丁稚小僧だろうと、職人の見習だろうと、芸事や武芸の修行だろうと、始めは必ず水汲み薪割り、掃除などをさせたことである。これらには、人間修行という深い意味があったことを。
さらには、後世にまで残った名刀を鍛えた刀工たちは、仕事場の内外をチリ一つないまでに清掃し、身体を清めて正装し、神棚に祈念をこめて後に仕事にかかったことを…。こうしなければ、刀に魂をうちこむことができないことを、身をもって知っていたのである。
先人はこのような貴重な教訓を残していてくれたのである。現代人は、ともすればこの教訓を忘れて怠惰にひたってしまっているのではないか。
吾人の怠惰の目をさまさせるものこそ、環境整備なのである。
環境整備は、TQCの活動項目の中にもある。しかし、その実態をみると、あまり徹底していない。したがって本書で私が紹介したような画期的な効果は上げていない。私のいう「社員の心に革命」までいってない。
(中略)
TQCという優れた運動も、徹底しなければダメである。一倉式環境整備で、多くの社長さん達は“徹底”がいかに大切なことであるかを学ぶ。
その結果、“社風”まで全く変わってしまい、業績向上から優良会社への道を歩み始めるのである。これは決してオーバーな表現ではない。私がお手伝いした多くの会社で、その実証を数多く持っているのである。
「環境整備こそ、すべての活動の原点である」というのが、私の不動の信念ともいうべきものなのである。
本当のところ、「環境整備なくして正しい事業経営などない」のである。
セキやんコメント: 一倉は、環境整備で最も重要な「規律」の定義は、@決められたことは必ず守る、A命令や指図は必ず行われる、の2点だという。このことは、そのまま事業経営の原点でもある。人との関わりの中で、「決めごと」を守らないことほど信頼を損なうことはないのだから、至極当然でわかり易い。
「経営の腑」第57号<通算 第372号>(2012年8月17日)
マーケティングとは 一倉定著「販売戦略・市場戦略」(社長学シリーズ第3巻)より
マーケティングとは「総合的な市場活動」のことと解釈すればよいだろう。難しい定義づけなどは学者に任せておくことである。
市場というものは、そこに顧客がいる、そしてその顧客こそ企業存続の鍵を握っているのだ。その顧客にどう奉仕するかで企業の運命が変わる。
この点については、私はすでに「経営戦略篇」で結論を出している。「変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりかえる」ことこそ事業経営である、という結論である。
この結論から導き出されるまず第一のことは、顧客の要求とは何であるかをつかむことである。さらに、その要求はどう変わってゆくのかの注意深い観察を必要とすることである。
第二には、顧客の要求を満たすために、我社はどうしなければならないか、何を捨て、何を築いてゆかなければならないか、ということである。
以上のような設問に答えるために必要な基本理念とは、いったいどんなものなのだろうか。
その理念をふまえて、顧客の方を向き、顧客の立場に立って考えてこそ、はじめて事業繁栄の道を見つけだせるのである。それは、
1.真の顧客は誰なのか
2.顧客は何を買うのか
3.顧客はどういう買い方をするのか
4.顧客の好みはどう変わってゆくのか
5.顧客は何に不満をもっているのか
6.販売網とそのチャンネルはいいか
7.販売促進策は妥当か
というようなことである。
セキやんコメント: 一倉は、マーケッティングの本質は「顧客の要求を見つけ出し、それを満たすこと」とし、お客様データがそれを教えてくれることも分かっていた。その確認のための推奨ツールが、「年計グラフ」と「目標−実績の4マス様式」だ。顧客要求分析はこれで十分で、他は紙のムダということになる。
「経営の腑」第58号<通算 第373号>(2012年8月31日)
前向きの数字をもて、その1 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻)より
どの社長も、過去の数字が現実にはあまり役に立たないことは知っている。だから、前向きの数字を持ちたいと願っている。それにもかかわらず、驚くほど前向きの数字を持っていない。たとえ持っていても、あまり重視しない。せいぜいアクセサリー程度にしか考えていないのである。
(中略)
では、いったい、前向きの数字とは、どんな意味があるのだろうか。この点を考えてみることにしよう。そのために逆に、前向きの数字を作ろうとしない人々の考え方を見てみよう。それには主な理由が2つある。
その第一は「先のことは雲をつかむようなもので、分かりっこない」というのであり、その第二は「計画を作ったって、その通りに行かないから意味がない」というものである。この二つの理由について、本当にそうなのかどうかを考えてみよう。
まず第一の、先のことは本当に雲をつかむようなことなのか、ということである。
あなたの会社のこれから先一年間の人件費と経費はいくらになるだろうか。これは雲をつかむどころか、かなり高い精度で数字をつかむことができるはずである。
(中略)
だから、先のことは分からないどころか、こと人件費、経費に関しては、良く分かるのである。つまり、“我社の支出”はよく分かるのである。分からないのは、その支出を賄って、なおかつ利益を出さなければならない“収益”の方なのである。
とはいえ、この収益も全然分からないのではなくて、不確定要因、変動要因が多いために、正確につかむことができないだけのことなのである。
将来の収益が正確につかめないから、将来の数字なんか無意味だ、といって呑気に構えているわけにはいかないのだ。
将来あげられる収益は分からなくとも、将来あげなければならない収益は分かる。それは、将来の費用に、必要な利益を足したものだからだ。
とすれば、将来必要とする収益を、どうして手に入れるかを考え、手を打たなければならないのである。これを怠って、その時になって足りないといって騒いでも間に合わないのである。だから、先のことは雲をつかむような話だと言っているわけにはいかないのである。
(次回は引き続き、第二の「計画通りいかないから、計画しても意味がない」について)
セキやんコメント: 事業計画においては、まず前年対比という考え方と決別することだ。前年比で業績が良くても、その結果赤字であれば長くは生き残れない。大事なのは、我社の今期の計画との差異である。だから、その今期計画は最低でも収支トントンか、借入金返済財源を確保できる数字でなければならない。
「経営の腑」第59号<通算 第374号>(2012年9月14日)
前向きの数字をもて、その2 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻)より
第二の、計画通りいかないから、計画をしても意味がない、というのは正しい考え方だろうか。
(中略:コンプレッサーメーカーの実例を紹介)
目標とは、手に入れたい結果である。だから、その通りに行くことが望ましいことはいうまでもない。しかし、現実にはその通り行くことなど、まれにしかないのだ。それを、望み通りにならないから目標を立ててもムダだというのでは、話にならない。難しい企業経営の舵取りなどできるものではない。
正しい舵取りに必要なものは、正しい情況判断である。その正しい情況判断は、社長の注意深い客観情勢の観察と共に、目標と実績との差を読むことによって行うものなのだ。そして、社長の客観情勢の観察は、社長自らの目で市場と顧客を見ることである。そのためには、社長は外に出なければならないのである。
目標と実績の差は、客観情勢の我社に及ぼす影響を、量的に知らせてくれるものである。別の表現をとれば、客観情勢をどれだけ見そこなっていたかの度合いを表しているものなのである。見込み違いが分かってこそ、正しい舵取りが出来るのである。
だから、目標はその通り行かないから役に立たないのではなく、その通り行かないからこそ役に立つことを知らなければならないのである。
前向きの数字など無意味だという二つの論拠は、間違いであることはお分かりいただけただろうか。念のために、私の尊敬する経営者の一人、S精密の実質的な社長である専務S氏の考え方を紹介しよう。
S精密には十年の長期計画がある。そして十年後のバランスシートができているのである。(中略)
私は愚問を発してみた。「計画通りいきますか」と。S氏の答えは明快であった。「その通り行くことはありません。しかし、私どもでは長期計画にしたがって前々から手を打ってあるので、その差は僅かです。だから、そのつど僅かの手を打てばよいのです。我社は、長期計画を立てるようになってから、非常に楽になりました」というのである。名経営者の面目躍如たるものがある。
S氏は、十年後にもおよぶ数字をつかみ、将来不足する収益を現在においてとらえ、不足収益を補う手を考え、着実に手を打っているのである。
当然のこととして、まれにみる高収益を長期にわたって着実にあげているのである。何しろ、私が見学に訪れた時には、過去20年間に、ただ一期の例外もなく二割配当を行なっていたのである。払込資本金は常に月商と同額以上という増資につぐ増資を行った上にである。
以上のように考えてくると、前向きの数字は意味がないどころか、事業経営にとって、なくてはならないものだということが、分かってくるのである。
セキやんコメント: 社長の重要な仕事の一つは、数字を作ることである。そのためには、数字を判断する際、マネジメント的尺度ではなく経営者の物差しで判断しなければならない。なぜなら、自社の甘い思い入れと現実市場のフィードバックの差異にこそ、具体的な手立てを教えてくれるヒントがあるからだ。
「経営の腑」第60号<通算 第375号>(2012年9月28日)
ナンバーワンをつくる 一倉定著「市場戦略・市場戦争」(社長学シリーズ第8巻)より
占有率確保の条件の第一は、当然のこととしてNo.1をつくることである。
No.1になれば占有率が30%以下ということは少ない。40%以上というのも多いのである。こうなれば、市場のリーダーシップを完全に握ることができるのはいうまでもない。考えてもみていただきたい。No.2では占有率確保どころか、No.1から大きな圧力をかけられることは間違いないのだ。
「何が何でもNo.1」これこそ社長が夢にも忘れてはならない占有率確保の条件なのだ。それにもかかわらず、多くの中小企業の社長はNO.1に関心を示さず、地域拡大、新規顧客開拓が何より好きなのである。この戦略こそ売上増大の最良策だと思っているのだ。これは、「現在の地域、現在の得意先では、これ以上売上が増えない」という無意識の意識があるのだ。だから、現在の地域、得意先についての売上増大の可能性など検討しようとする気などテンから無いのだからどうにも救われないのだ。それは、社長がお客様のところを回ってみないところから生まれる大錯覚なのである。さらにもう一つの理由がある。それは市場競争というものを全く研究していないところにある。新しい地域、得意先は、すでに敵の勢力範囲になっていることをこれまた全く考えないのである。不思議としかいいようないのないこの考え方こそ、大方の社長の持っていいるものである。だから、いつまでたっても売上など伸びるわけがないのである。
この点の頭の切換えこそ最も大切なことである。「何が何でもNo.1だ」という社長の意識こそ、実は占有率確保の大前提なのである。No.1になるぞという執念がなくてNo.1など夢のまた夢である。
この執念があれば、「セールス任せ」というような阿呆なことは絶対にできない筈である。社長自ら外に出て様々な情報を集め、これを検討するということに自然になっていく。あとは本書を読んで作戦をたてていただきたい。
先ず、No.1の目標を決めなければならない。その作戦は、
(1)地域No.1になる。
(2)商品でNo.1になる。
(3)得意先でNo.1になる。
という三つを考える。「どれにするか」だけでなく、「どれとどれを組合わせるか」を考える必要がある。
先ず、地域No.1になる可能性を考えてみる。この時に“市場細分化”の考え方をしなければならない。彼我の戦力を比較して、我軍の戦力の方が強くなるまで細分化を行うのである。
地域売上でNo.1になれなくとも心配ない。我社の強い商品でNo.1になることを考えるのだ。
もっと細分化をすれば、「特定の得意先で特定の商品の納入高でNo.1」というところまで考えることができるのだ。ここまで細分化すれば、どんな小さな会社でもNo.1の目標は設定できるのだ。
セキやんコメント: 占有率の影響は、好き嫌いに関係なく厳然として存在する。その対処法は、「敵に勝る資源を特定の地域・商品・得意先に集中する」というランチェスターの法則に集約されている。