「経営の腑」第86号<通算 第401号>(2013年9月27日)
値決めは経営 稲盛和夫著「アメーバ経営」より
アメーバの収入の源泉は、お客様への売上金額である。そのため、受注生産であれば、お客様からの受注金額の大小が、製造、営業の各アメーバの採算に大きく影響する。その受注金額を大きく左右する鍵が、製品の「値決め」である。
京セラは、創業当初、弱電用の高周波絶縁材料であるセラミックス部品しかつくっていなかった。そのような単品での経営に不安を持っていた私は、絶縁材料を必要とする真空管やブラウン管をつくっているメーカーに、「何か仕事はありませんか」と注文をもらいに回った。
大手のお客様には、先発のセラミックメーカーがすでに入っていた。そこへ生まれたばかりの零細企業である京セラの営業が行くと、「そちらの値段が安ければ買ってやろう」と言われるのがつねだった。見積もりを出せば、「別の会社から、これより15%も安い値段が出ている」などと言われる。営業はあわてて見積書をつくり直して、お客様のところに持っていく。そんな駆け引きによりたちまち天秤にかけられる。
こうして、営業が15%も安い値段で注文を取ってくれば、製造はそれ以上のコストダウンをしなければならなくなり、たいへんな苦労を強いられることになる。そこで、私は営業に向かってこんな話をした。
「安易な値下げで、製造だけが苦労を強いられるのは、おかしいではないか。値段を安くすれば、注文はいくらでも取れるが、それは、営業として決して誉められたことではない。営業の使命とは『この値段なら結構です』とお客さんが喜んで買ってくれる最高の値段を見抜くことである。これより安ければ、いくらでも注文が取れる。これより高ければ注文が逃げてしまう。そのぎりぎりの一点を射止めなければならない」
売値が安すぎれば、いくら経費を削減しても採算はあがらない。高すぎれば、売れ残り、在庫の山を抱えてしまう。それゆえ、リーダーは営業の集めてくる情報をとことん調べ尽くし、市場や競合相手の動向を的確に把握したうえで、自分たちの製品の価値を正しく認識して値決めをおこなうべきである。値決めとは、経営の死命を制する問題であり、リーダーが全神経を集中して行なわなければならないものである。
セキやんコメント: 一倉も「商品本来の価値(それは、その商品の持っているはたらきによって決まる)に対応する価格より高く売れば暴利であり、安く売れば安売りであって、原価とは無関係である。従って適正利益率なるものはもともと存在しない」と述べている。つまり、適正価格はあるが、作り手の都合による適正利益率などは存在しない。在りもしないものを、在るかのように思い込むところに混乱があると断じている。
「経営の腑」第87号<通算 第402号>(2013年10月11日)
予定完遂の強い意志を持って実行する 稲盛和夫著「アメーバ経営」より
リーダーは、立てた予定を何としても達成するという、強い意志を持たねばならない。部門経営者として、日々の実績をチェックし、もし問題が発生すれば、その対策を直ちに実行する。リーダーは何が何でも予定を達成しよういう強い意志を持って部下を励まし、月末最終日の締め時間まで、全員が一致団結して努力することが重要なのである。
アメーバが、目標達成に向けて最後まで力を振り絞ったところで、会社全体から見れば、わずかな差しか生じないように見えるかもしれない。だが、すべてのアメーバが毎月、予定達成に向けて懸命に努力した結果は、積もり積もって大きな実績の差となって現れてくる。また、完璧な予定の達成を繰り返し目指すことにより、全従業員の意識が否が応でも高まっていく。この意識の高まりこそ、会社の業績を伸ばす原動力となる。
リーダーの強い意志とアメーバ全員の努力が累積した結果が、月次の採算として現れてくる。だから、「先月はたいへん採算が悪化し、利益が出ませんでした」ということが起こるのは、利益が出ないような経営をリーダーがしてしまったからである。月次の予定は、リーダーの強い意志と努力によって100%達成されるべきであり、安易な言い訳が許されるものではない。
さらに、1カ月を終えたとき、リーダーは「予定を達成するためにどのような手を打ったのか」「その対策は適切だったのか」「立案したとおりの対策を実施できたのか」をしっかりと反省し、経営課題を具体的に抽出することにより、次月の経営改善に確実につなげていくことが大切である。
これらのプロセスを毎月、繰り返すことによって、アメーバの採算向上を図るとともに、メンバーの経営参加意識を高揚させていく。そうした努力を積み重ねることで、リーダーの経営者マインドが高まり、立派な経営者へと成長するのである。このことが、アメーバ経営において、リーダーを育成するうえでの重要なポイントとなる。
セキやんコメント: 稲盛会長が言う「予定」は、いわゆる「数値目標」であり、一倉式に表現すれば「手に入れたい結果」である。これは、「生きるための条件」に「経営者の意図」を加えたものだから、これを実現しないと企業は「生きられない」ことになり、決して安易に妥協できる筋合いのものではないのだ。
「経営の腑」第88号<通算 第403号>(2013年10月25日)
売上を最大に、経費を最小に 稲盛和夫著「アメーバ経営」より
創業間もないころ、いろいろな面でお世話になっていた宮木電機の経験豊かな経理の専門家に京セラの経理を見てもらっていた。私はその担当者に向かって、今月の決算はどうなっているのか、訊ねたことがあった。彼は難しい会計用語を使って説明をしてくれるのだが、その方面に疎い私にはよくわからない。何度も質問を繰り返したあげく、「わかった。手っ取り早く言えば、売上を最大に、経費を最小にすればいいんだ。そうすれば利益が自ずと増えるわけだ」と言った。
経営についてまだ素人だったため、かえって物事の本質をシンプルに見抜けたのだろう。このときに私は、「売上を最大に、経費を最小にする」ことが経営の原理原則であることに気づいた。以来、この原理原則に従い、ただひたすらに売上を最大にする努力を続ける一方で、すべての経費を減らすように努めてきた。その結果、事業は急速に拡大し、採算はさらに向上していった。
この原則について話をすると「そんなことあたりまえでしょう」と言う人が必ずいる。だが、この原則こそ、世間の常識を超えた、経営の真髄といえるものである。一般の企業では、製造業でも、流通業でも、サービス業でも、「こういう業種では、利益率はこんなものだ」という暗黙の常識を基準に経営をしている。メーカーであれば利益率が数%、流通業であれば1%もあればいいといった業界の常識をベースにして、実績がそれを満たせば「よくやった」ということになる。
ところが、「売上を最大に、経費を最小にする」という原則からすれば、売上はいくらでも増やすことができるし、経費も最小にすることができるはずである。その結果、利益をどこまでも増やすことができる。
また、売上を伸ばすには、安易な値上げをするのではなく、「値決めは経営」という原則から、お客様が喜んで買ってくださる最高の値段を見つけ出すことが重要である。
経費を減らすときも、「これが限界」と感じてあきらめるのではなく、人間の無限の可能性を信じて、限りない努力を払うことが必要である。そうすることで、利益をどこまでも高めることが可能となる。この原理原則にもとづき、全従業員が綿々と努力を積み重ねることにより、企業は長期にわたり高収益を実現できるのである。
セキやんコメント: 我が国における計数管理は、右肩上がりの高度経済成長形を経て、徴税ありきの財務会計原則にミスリードされた。しかし、会計学関係者自らが管理会計を求めたように、財務会計で現実の収益性は算出できない。「入るを量りて出ずるを為す」は、通貨経済すべてに通じる不変の原則である。
「経営の腑」第89号<通算 第404号>(2013年11月8日)
成果主義と人間の心理 稲盛和夫著「アメーバ経営」より
京セラの経営は実力主義にもとづいているが、欧米の企業には成果主義を導入している会社が多い。欧米流の成果主義とは、仕事の成果に応じて報酬を大きく増減させ、社員の物欲にストレートに訴える方法である。大きな成果があがれば大きな報酬を与えられるが、成果が上がらなければ報酬は減らされ、場合によっては解雇されるというドライな人事制度である。
私はかねてから、経営者というものは、人間心理について優れた洞察力が必要だと考えている。成果主義は、成果が上がれば大きな報酬を手にすることができ、社員のモチベーションが上がるので、短期的に見れば効率的な経営手法かもしれない。だが、業績はつねに上がるわけではなく、必ず落ちるときがくる。人の心というのは不思議なもので、業績が上がり、高い報酬を貰っていると、ついそれに慣れてしまうものである。だから、業績が悪化し、報酬が減るとなると、いままでよかったのだから、今回は報酬が下がっても構わないという理性的な人間はほとんどいない。そうなると、みんなの士気は一気に下がり、会社に対する不満が鬱積することになる。それでは、会社経営がうまくくはずはない。
また、会社によっては、成果配分と称して、各部門の業績に応じて各部門の報酬を上げたり下げたりするところがある。この制度を採用すると、業績のよい部門の士気は上がるが、業績の悪い部門の士気は落ち、どうしても、部門間で妬みや恨みの心が生じてしまう。
このように成果主義では、実績が悪くなり、報酬が減った場合に、多くの社員が不満や恨み、妬みの心を持つことになるので、長い目で見ると、かえって社内の人心を荒廃させてしまうことになる。
特に日本人は同質的な民族であり、「横並び」の中流意識が強いため、報酬や待遇に大きな差ができることに心理的な抵抗が大きい。日本企業において欧米流のストレートな成果主義を採用すれば、当初は「がんばればボーナスが増える」と組織が活性化するように見えても、数年も経たないうちに、恨みや妬みによる人心の荒廃を招いてしまうのであろう。
もちろん、そうかといって、すべての従業員の処遇を同じにするということがあってはならない。みんなのために一生懸命にがんばっている者も、そうでない者も、まったく同じであるならば、それはかえって悪平等となってしまう。アメーバ経営では、短期の成果で個人の報酬に極端な差をつけていないが、みんなのために一生懸命働き、長期にわたり実績を上げた人に対して、その実力を正当に評価し、昇給、賞与や昇格などの処遇に反映させている。
セキやんコメント: あのヤマト運輸が「お客様のわがまま支援」を旗印に業績を伸ばしたが、人間は基本的に「わがまま」だ。一度手にした既得権は離したくないというのは、人間の業からして当然のことで、我社の社員についても例外ではない。だから、それを無視するような成果主義は長続きするわけがない。
「経営の腑」第90号<通算 第405号>(2013年11月22日)
実力のある人をリーダーに 稲盛和夫著「アメーバ経営」より
組織を運営していく上で重要なことは、本当に実力のある人が、その組織の長につくことである。温情主義により、実力のない人物を、年長だという理由だけでリーダーにしたのでは、会社経営はすぐ行き詰まり、全従業員がその不幸を背負うことになる。たとえ十分な経験がなくとも、すばらしい人間性と能力を有し、仕事に対して熱意を持ち、人間として尊敬され、信頼される人物を適材適所に配置してこそ、会社は厳しい競争に打ち勝ち、成長することができる。京セラではこのように「実力主義」を原則として組織を運営してきた。
実力主義とは、年齢や経歴などにはとらわれず、真に実力のある人を抜擢し、責任のある地位に就け、会社をリードしてもらおうとする考え方である。抜擢された人物は、実力を発揮し、実績を残すに従って、長期的に見て、その処遇はそれにふさわしいものになる。
だが、このような実力主義をとった場合、次のような問題が起こってくるかもしれない。すなわち、実力があり、人望がある若手を役員などに抜擢する際、周りの先輩が「あいつはおれより3年も後輩だ。あんなやつが先に役員に登用されるなんてけしからん」と怒ったり、妬んだりするという問題である。
そんなとき、私は「先輩社員はただ怒るだけでなく、冷静になって、おれがあいつの代わりに役員になることが会社にとって本当にプラスになるのか考えて欲しい。そうすれば、おれがなるより、あいつがいま役員になった方が、会社にとって大きく貢献してくれると思える節があるのではないか。若い能力のある人材に会社を引っ張ってもらうことは、全従業員の幸せにプラスになることだ。だから、若手の抜擢を妬んだり、恨んだりするのではなく、心から喜ぼうではないか」と言ってきた。年功序列を理由に「今度はおれだ」と自己を立てるのではなく、本当に実力のある人物に会社を率いてもらおうと思えるほどの度量を持って貰いたい。
これは、昔のエピソードになるが、京セラを創業して十数年が過ぎ、会社は株式を上場するまでになった。さらに業容を拡大していこうと思えば、新しい分野を開拓しなければならず、さまざまな経験や技術、知恵を持った人材が必要となる。そのとき、私は社外からもその任に堪える人材を集めようと考え、会社をともに経営してきた創業以来の幹部たちに相談した。
「実は今度、こういう人物を入社させようと思っている。それも、創業以来の同志のみなさんよりも、上の地位に就けようと思うのだがどうだろうか。もし、みなさんが『われわれがつくった会社だから、どこの誰とも知れない人が上に来てもらっては困る』と言うのであれば採用はやめる。しかし、みなさんが『そんなケチな了見で京セラをつくったのではない。われわれはこの会社を世界一へ発展させようと誓ったのだから、われわれの上に中途採用の幹部が来ても、全然構わない』と言ってくれるのなら、私は採用しようと思うのだが」と尋ねた。
そうすると、みんなが「われわれの上司になってもらって構いません」と快く承諾してくれたので、私はその人物を当社に迎えた
そうした中途採用の優秀な人材が、やがて京セラの成長に大きく寄与してくれたことは疑いない。京セラの創業に参加した人たちは、実力主義こそ会社発展の基礎であり、全従業員にすばらしい利益をもたらすものであることをよく理解してくれた。このエピソードは、京セラの実力主義の原点をよく表している。
セキやんコメント: 上記のエピソードで稲盛氏が京セラ創業以来の幹部に打診する際、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」を引用したということだが、これは一倉氏も度々用いている。企業は、その経営者・経営陣の器よりも大きくならないというのは、普遍の原則だ。経営者・幹部は、自らの度量アップに励むべし!