「経営の腑」第106号<通算421号>(2014年7月4日)
内部管理からの脱出 5(まとめ) 一倉定著「経営戦略」(社長学シリーズ第1巻:1975年刊)より
内部管理は、高度化すれば高度化する程費用が急激に増大する。その割に効果は少ないことを知らなければならない。むしろ簡素化すべきである。
会社の中の活動は、円滑にゆくことがよいことではなくて、真に事業経営に役立つような活動を行なうことが大事なのである。
事業経営に役立つということは、お客様の要望を、よりよく満たすものでなければならず、それは円滑化よりも、むしろ混乱をより多く伴うものなのである。
お客様はたくさんいらっしゃる。その多くのお客様が、それぞれ自分の都合だけで、ああせよ、こうせよ、という要求をしてくる。
こちらは一社である。それらのお客様や会社の要求を満たすためには我社の事情など全く考えられないのだ。ムリとムダとムラが発生する。混乱が生まれる。お客様の要求を満たすために混乱することこそ正しい。
ムリ・ムダ・ムラを防ぐというようなマネジメントの教えなど一切通用しないのである。
このことを知らずに、我社の都合だけを考えていたら、お客様はすべて我社を見捨ててしまう。そして倒産。
企業はお客様があるから生まれたのである。
お客様の要求を満たすことこそ企業本来のつとめなのである。
会社の仕事の円滑化など考えていたら、会社はつぶれてしまうことを心に銘記して、お客様の都合だけを考えて行動するのが企業本来の姿なのである。
セキやんコメント: 一倉は、内部管理について何もするなと言っているのではない。内部管理が目的になってはいけないと言っているのだ。社長は、顧客には命令できないが、社員には命令できるし号令を掛けられるから、ついそちらの方に興味が逸れてしまうことを戒めているのだ。社長の仕事の本質は、最も厳しい要求をしてくるお客様に正面から向き合うことにあるのだ。
「経営の腑」第107号<通算422号>(2014年7月18日)
革新の繰り返しこそ生き残る道 一倉定著「経営戦略」(社長学シリーズ第7巻:1978年刊)より
収益性のよい製品は、いつまでも収益性がよいのではない。だんだんと年をとって収益性が悪くなっていく。しかも斜陽化のスピードは早くなってゆく。だから、絶えず収益性の落ちた製品を捨て、収益性のよい製品を加えてゆかなければならないのだ。これだけでも容易なことではない。
それでも、だんだん斜陽化して行く場合は、まだそれに対応する時間があるからいい。ところが、最近の急ピッチな技術革新や新原料は、従来の技術や製品をアッという間に斜陽化してしまう。そして、その危険はますます高まってゆく。こうなると、これに対処する時間さえないということになる。たいへんな時代である。
技術革新や新原料などとは別の意味で恐ろしいのは、後進国の台頭である。その豊富な労働力で安い賃金を武器として、わが国の中小企業の製品分野を次々と食ってゆく。これらの外部情勢の変化に対応して、企業を防衛してゆかなければならない。社長は常に外部情勢に目を向けていて、その変化を読み取り、それがわが社にどのような影響を及ぼすか、そのためにわが社は何をしなければならないかを、考えてゆかなければならないのだ。
外部のもろもろの変化は、絶大な圧力をもって、企業にのしかかってくる。その圧力をはね返して生き残るためには、革新の繰り返し以外に方策はないといっていい。その革新について、中小企業は大企業に比べて、その意欲は一般的にかなり低い。
中小企業は大企業に比べて、資本力、技術力、販売力、人材など、ほとんどの点で劣る。そのうえ、革新意欲まで劣るのでは話にならない。革新意欲こそ、大企業に対するいろいろな劣勢を補うものだ。中小企業こそ旺盛な革新意欲をもたなければならないのだ。
「うちの会社はマイペースでゆく」という社長によく会う。そのような考え方は、いいとか悪いとかいうよりは、そうしたくとも出来ない時代になってしまったことを知らなければならないのだ。好むと好まざるとにかかわらず、外部の変化に合わせなければならず、革新を繰り返さなければ生きてゆけないのである。
ましてや、雄心ボツボツ、将来大をなそうとしている野心型経営者は、いたずらに先を急ぐよりも、将来を期して、ジックリと革新に取り組むことである。
そして、すぐれた革新が実現した時には、企業は成長というよりは、飛躍するものだ。坂道をのぼる成長ではなく、階段を飛び上がるような段階的飛躍なのである。飛躍は成長の何倍も大きく、収益も格段に大きいのである。
このことは、戦後、大飛躍をとげた優良会社の実例が、雄弁に物語っている。
セキやんコメント: 一倉は、事業経営をスタティック(変化しないさま)に考えるなということを繰り返し述べている。ダーウィンの進化論にも似て、まさに事業経営は環境適応業の実践だということを教えている。
「経営の腑」第108号<通算423号>(2014年8月1日)
プロジェクト計画書@ 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻:1976年刊)より
日本の会社の大部分が、社長の口頭指示によって活動が行なわれている。というよりは、重要な活動がなかなか実施されないのである。
会社の中の人々の活動というものは、あとからあとからと起こってくる色々な事柄の応接に時間を取られ、関心を奪われて、毎日毎日が過ぎてゆく。この中で、重要な活動ほど、単なる口頭指令では、誤りなく行なわれることは保証できないといってよい。そしてそれが会社の業績に大きく響くことは、決して稀ではないのだ。
だからこそ、会社にとって重要な活動――それは経営計画書を作ることによって明らかにされる――については、社長自ら「プロジェクト計画書」を作るか、その作成を指示して推進しなければならない。
社長がいちいちそんな計画書を作っていられるか、と思われるかも知れない。しかし、それなら社長は何で忙しいのか、ということになる。忙しい忙しいといっている社長の大部分は、社長がやらなくてもいいというよりは、やってはいけない仕事に首を突っ込んでバタバタやっているのだ。無方針、無目標、無許可から起こる混乱やトラブルに振り回されているのが、大方の姿なのである。
優れた社長は決してバタバタしていない。ハタ目には余裕しゃくしゃくである。その余裕は、事業経営にとって最も重要な方針、目標、計画などを自らの意思でビシッと決めて、その推進をそれぞれの担当を決めて命じてあるところから生れる。それらのものがあれば、事業活動は大筋においてうまく行なわれ、大きな混乱やトラブルは起こらないのである。そして、基本的な方針をたて、目標を決め、それが実現のために必要な主な活動――それは、あまり数は多くない――についてのプロジェクト計画などの明文化のために必要な時間は、驚くほど僅かなものである。
それにもかかわらず、どこの会社に行っても、プロジェクト計画書なるものは殆んどないといっていい。
これは、日本人というものは、一般に、計画的に事を行なうことが苦手な人種であるというのが第一の理由であろう。
しかし、もう一つ別に理由がある。それは計画書の書き方が分からない、ということである。(次号に続く)
セキやんコメント: 口頭指示は、言いっ放しが多い。日々の忙しさにかまけ、重要だった筈の指示内容についてノーチェックとなる。だから、一倉が指摘するように「重要な活動がなかなか実施されない」ということになる。それを防ぐには、明文化して共有するプロジェクト計画書はとても有効である。
「経営の腑」第109号<通算424号>(2014年8月15日)
プロジェクト計画書A 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻:1976年刊)より
(前号より続く)プロジェクト計画書なるものは殆んどない、もう一つの理由がある。それは計画書の書き方が分からない、ということである。というのは、私が計画書のフォームを作って「これに書きいれて下さい」というふうにすると結構やれるからである。
その標準的なフォームが巻末の「第12表」である。この表は、種々のプロジェクト計画の95%まで間に合うといえる。ご覧のように簡潔なものであり、一枚で済むのである。
だから、あらかじめブランク(様式)を作っておき、それに記入するという方式をもっている会社もある。
ところで、プロジェクト計画書はそんなに多くない。といったが、具体的にはどんな活動がその対象になるだろうか。
この答えは極めて明確である。それは「方針書の項目にあげてあるものの、一項目一項目について」である。
社長は、方針書の項目ごとに、これは社長がたてる、これは専務、これは営業部長、これは技術部長…という要領で決めてゆくのである。くどいようだが、誰に計画させるか、いつまでに、誰に計画書を提出しなければならないかは、社長が自ら決めるのである。これをやらないのは明らかに社長の怠慢である。
そして、社長自身が作成する計画書は、我社の事業をどう創ってゆくか、という最も高次元な命題に対しての、最も重要で、最も難しいものを、一つか二つ程度で十分であろう。
社長以外の人々が作る計画書も、重役とその下の階層については、社長があらかじめ目を通すべきである。これによって、それぞれの人々が社長の方針を正しく理解しているかどうか、そのための、急所をおさえた施策や活動を行なうようになっているかどうかが実によく分かるのである。
この事前チェックは重要である。これによって、不十分な理解や、誤った考え方、非効率な活動などが事前に正させるからである。
こうすれば、社長の方針が正しく社内に浸透するだけでなく、重役や社員に対する優れた実戦教育ともなるのである。
セキやんコメント: プロジェクトの3大要素は「目的・スコープ」「投入資源(ヒトモノカネ)」「期限」である。目的(=方針)は自ら決め、いつまでに(期限)だれに(投入資源のヒト)担わせるかをおさえるという、一倉様式は、誠に合理的でかつシンプルだ。だから、中小企業でも即座に導入可能なのだ。
「経営の腑」第110号<通算425号>(2014年8月29日)
増分計算とは 一倉定著「増収増益戦略」(社長学シリーズ第5巻:1979年刊)より
企業は、客観情勢の変化に対応して生き残るために、絶えず新たな戦略的な決定を行なってゆかなければならない。戦略的とまではいかなくとも、市場戦略を推進するための戦術転換もしばしば行なわなければならない。
そのような決定をする場合に何がどう変わるか、収益性はどうなるのか、ということを事前に正しく捉える必要がある。
それにもかかわらず、多くの会社でこの計算法を知らず、そのために当然打たなければならない手が打たれないというケースは非常に多いのである。
反対に、間違った計算をしてしまったり、思い違いによる誤った決定をしてしまう例も多い。
それらの誤りの代表的なものをあげてみると、
1. 全部原価計算による誤り
2. 付加価値率(粗利益率)の高い方が収益性が良いと思い込む
3. パーヘッド(一人当たり)だけを考えてグロス(全体)を考えない誤り
4. 決定による増加費用だけを考えて収益増を見落とす
5. 費用を節減することだけしか考えず、これによる収益減を忘れてしまう
というようなことである。
誤った決定による損害は大きい。単なる損害だけでなく、それが、企業の将来に大きな影響を及ぼすのである。
だからこそ、社長は正しい決定を行なうための正しい計算法を知らなければならないのである。
その正しい計算法が、「増分計算」である。この計算法は極めて簡単で、経理的な素養など、ほとんど必要としない。
増分とは、「ある決定によって変わる部分」のことである。これはすでに述べた通りである。
決定によって増加する部分が“増分”であり、減少する部分は“マイナスの増分”である。
増分の計算方法は、
増分収益−増分費用=増分利益
である。この計算式自体は極めて易しいのであるが、これを前向きに行なう段になると、どう計算したらいいか分からなくなってしまう。そこで増分を計算せずに、益率やパーヘッドだけで間違った判定をしてしまうのである。
セキやんコメント: 増分計算を行う場合も、財務会計方式から管理会計方式の一つである変動損益計算様式に組替えると、誠にすんなり理解できる。なぜなら、変動費は収益と比例関係があるが、固定費は比例関係がないという、収益との関係性による費用の区分けそのものが表現されているからだ。