「経営の腑」第116号<通算431号>(2014年11月21日)
経営コンサルタントになって34年 一倉定著「経営の思いがけないコツ」(社長学シリーズ第10巻:1997年刊)より
長いようで、過ぎてしまえば早いものである。この間、様々なことにぶつかっている。
そのなかから、感銘深かったこと、意外だったこと、特に社長の皆様にお知らせしたかったことなどを、報告させていただく。その主なものは、四つある。
第一には、「環境整備(清潔・整頓・安全・衛生など)」で、これは、全く意外であっただけではなく、私の考え方まで変えてしまった。これを徹底すると、人間までも変えてしまう。そこにあるのは、“人間革命”ともいえるものである。
私のコンサルティングは、環境整備に始まる。これ以外に何もしないのに、業績が上がっていく。後はすべて、自然とうまくいく。詳しくは本文を読んで、さらに立派な会社になっていただきたい。
第二には、「ワンマン経営」の徹底である。本当のワンマン経営は、多くの人が考えているものとは、似ても似つかないものである。
ワンマン経営は、世にいわれる独裁、独断、ガミガミとは正反対のものである。
真のワンマン経営者は、会社の責任を一身に負う。自らの状況判断に基づいて目標設定を行ない、お客様の要求をいかにして満たすかということだけを考えて、それを実現して行くことを使命としている。
第三には、社長自らのお客様訪問である。社長自らのお客様訪問のないところに、本当の意味での事業の発展はないのだ。
第四には、社長自ら経営計画書を作成することである。「小さな会社だから、経営計画書などいらない」と思うのは、大きな誤りである。どんな小さな会社だろうと、絶対に必要である。
反対に、「こんな大きな会社で、やることが山のようにあるのに、そのうえに社長自ら経営計画書を書くヒマなどない」というのも、大きな間違いである。経営計画書を、必ず自らの手で書き上げることこそ、社長として絶対にやらなければならないことである。これなくして、会社の繁栄を実現するのは難事中の難事である。経営計画書こそ、“会社の守り神”である。そして、社長の雑用を無くすものは経営計画書であり、社長は本当の意味での将来だけを考えればよいことになる。
論より証拠、私のお手伝いしている多くの会社の社長たちは、かつては身体がいくつあっても足りぬほどであったのに、現在はより大きな会社に成長しながら、悠々として仕事をしている。
だから、一倉教の社長さん方は、口を揃えて、経営計画書を“魔法の書”と呼んでいる。
その正体は、何であろうか…(次号へ続く)
セキやんコメント: 本書は、一倉氏の著作の集大成で、本文総ページ数が600ページを超す。その中でも上記の4点が強調されているが、書かれているもの一つ一つが、実に含蓄があるものばかりだ。
「経営の腑」第117号<通算432号>(2014年12月5日)
“魔法の書”の正体 一倉定著「経営の思いがけないコツ」(社長学シリーズ第10巻:1997年刊)より
(前号より続く)
多くの人々を立派に使う法こそ、リーダーシップである。リーダーシップの要諦は、「自らの意図を明確にする」ことであり、それも最も効果的に発揮する法は、“明文化”である。これが、経営計画書の“魔法”の正体である。
「口頭による指令は忘れられ、文書による指令は守られる」――これが、私が経営計画書の作成を社長に強力に進言する理由である。経営計画書を作成し、その発表会で社長が経営方針の説明をし終えると、役員、管理職、社員を問わず、眼の輝きから言葉も態度も、全く違ってしまうということを発見する。
そして、それ以後、毎日、方針書の一節ずつを声に出して全員唱和することにより、短期間に社長の方針が全社に徹底する。これが環境整備の効果と相俟って、会社は完全に生まれ変わってしまっている。さらに、“奇跡”としか言いようがないのである。
この時、多くの社長が私にもらす言葉が、これまた完全に一致する。それは、「この頃、経営計画の方針書を書くことが恐ろしくなりました。私が間違った方針書を書いたら、会社全体が間違った方向に行ってしまうからです」という。
経営計画書を最も手早く作る道は、私が年二回沖縄で行なう「経営計画書実習ゼミ」に参加されることだ。期間は、足掛け8日である。
このゼミでは、初参加の人も、数回から、実に数十回も参加している人も一緒になって、勉強と交友と情報交換が行なわれる。そこには、全くの別世界があり、これが計り知れない大きな効果を生み出している。
社長というものは、“毛並み”のよさを絶対に必要とする。毛並みというものは、氏素性や教養だけではなく、行動半径の大きさ、そして立派な友、しかも異業種の友を多くもっていることが大切である。
特に社長には、社運を決める“決定”という大事がある。これは、重要なことであればあるほど、社内の人には相談できないのだ。
このような時に、経営計画書実習ゼミのメンバーは、この上ない相談相手なのである。
それだけではない。これらの人々は、互いに平素から交友し、経営計画書の発表会には出席し合う。奥様同士の交友を行なっている人たちも多い。何ともユニークな交友が、常時行なわれているのである。
以上の四つが、事業経営の土台となっており、柱となっている。
セキやんコメント: 四つの土台とは、前号から述べてきた「環境整備」「ワンマン経営の徹底」「社長自らのお客様訪問」「社長自ら経営計画書を作成する」 を指す。特にも“魔法の書”といわれる経営計画書は、我社の経営のバイブルともいえるもので、規模や業種を問わずどんな会社にとっても“会社の守り神”となる。
「経営の腑」第118号<通算433号>(2014年12月19日)
部門利益目標は社長の目標 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
部門別利益責任制というのは、社長が自らの責任を忘れて、これを社員に押しつけている、ということだ。
これに対して、部門別利益目標というのは、社長が自らの責任を果たすために、自らに課す目標である。
社長が、自らの会社を存続させるために必要な利益を生み出すために、「どうしたらいいか」という設問がなされるのは当然である。
社長は、この「どうしたらいいか」を決めるためには、会社全体を一つにして考えてもダメである。どうしても“細分化”して考えなければならない。その細分化は、商品別、地域別、部門別など、必要に応じて行なうのだ。いろいろな細分化の中の一つとして部門別細分化がある。部門別細分化が唯一のものではない。
社長は、「部門別に細分化して考える必要がある」と思ったなら、この細分化を行ない、個々の部門について目標を設定し、この目標を達成するための“方針”を明らかにしなければならない。
決定された目標と、それを達成するための方針は、経営計画書に明文化され、経営計画発表会をはじめとして、あらゆる機会をとらえて繰り返し強調し、社内への浸透を図らなければならないのである。
この場合に、「目標に対する責任は、あくまでも社長ただ一人にしかない」ということを、社長自らが認識するだけでなく、社員にも認識させなければならないのである。
では、社員の責任は何であろうか。それは「方針を忠実に実行し、積極的に推進する」という責任である。
社員は目標が達成されなくとも責任を負わなくてよいが、方針不実施の責任は追及されるのである。
これこそ、正しい姿である。この思想を革命的とも受けとる人も多いと思う。しかし、この思想は革命でもなければ、ユニークでさえあり得ないのである。当たり前すぎる程当たり前の思想である。蛇足ながら、この当たり前の説明をしよう。
会社がつぶれた時に誰が責任を負うのだろうか。社長ただ一人が全責任を負うのだ。文字通り社長ただ一人が責任を追及されるのであって、いまだかつて副社長や専務の責任さえ追及されたことは皆無なのである。ましてや社員の責任など初めから全くないのである。
社長は自らの責任を果たすために、自らの意思で目標を設定し、方針を打ち出すのである。
社員は、社長の目標を理解し、方針を胸に刻んで、あくまでも方針にもとづく行動を取らなければならないのである。方針違背は許されないのだ。
社員が方針にもとづく行動をとる限り、社員には目標が達成されようとされまいと、会社が赤字になろうと、つぶれようと責任はないのである。
結果が悪いのは方針が悪いのであって、方針を打ち出した社長が全責任を負うのである。
以上が、社員は目標達成責任がなくて、方針実施責任を負うという説明である。
セキやんコメント: 実施責任と結果責任の区別ができない社長が多すぎる。たとえば、個人の販売ノルマなど意味がない。販売ノルマをはずし、実践行動に視点を当てた会社では、例外なく売上が上昇することになる。販売は個人プレーではなく、会社全体の方針の優劣によるからである。
「経営の腑」第119号<通算434号>(2015年1月2日)
製造原価の組み替え 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻:1976年刊)より
製造原価というのは、製造原価報告書を見れば分かるように、非製造業の売上原価に相当する外部仕入(原材料費と外注費)と企業の内部費用であるところの製造経費が一緒になったものである。
このように、製造原価は外部仕入と内部費用という、全く別のものが一つになっている。
過去の数字の報告ならば一向に差し支えないけれども、前向きにこの数字を使う場合に不都合を生ずる。
というのは、外部仕入は変動費であり、内部費用は固定費である。だから、売上高の変動によって、変動費は変わっても固定費は変わらない。そのために、売上高の変動は製造原価率を変動させる。
このことは、必要利益をあげるための売上高の算出に、一定の製造原価率を使えない、ということを意味する。これでは必要売上高の算出ができない、つまり、利益計画ができない、ということになる。
強いて行なうということになれば、製造原価を固定費と変動費に分けなければならない。
こうなれば、もう製造原価というのは、利益計画では意味がなく、あるのは変動費と固定費ということになる。これで初めて利益計画が可能になるのである。こうなれば、もう製造業も非製造業も全く同じになる。
ただ違うのは用語だけである。非製造業の売上原価に相当するものが製造業の“外部仕入(変動費)”であり、非製造業の売上利益に相当するものが製造業の“加工高”ということになる。加工高というのは中小企業庁で使っている用語であって、これと同様(厳密な意味では同じではないが、本質的に同じという意味)なものに付加価値(ただし控除法の場合)、限界利益がある。どれを使ってもいいし同じ意味に使っても実用上不便も差し支えもないのである。いや、むしろ同じ意味に使うべきであるというのが私の主張である。なまじ理論的に取り組むと、理論的には正しいかもしれないが、全く実用的でなくなってしまうからである。
そして固定費は製造固定費(製造経費から変動費である外注費を除いたもの)と一般管理費販売費を合わせたもので、これを“内部費用”として一括してしまえばいいのである。
このようにすると、人件費も経費も、全社一本となってしまい、非常に考えやすいのである。ある社長は、このフォームに従ってからというもの、「こんな分かりやすい表現はない。人件費も経費も、いままで製造部門と管理部門に分けて考えていたのが馬鹿らしくなった」と私に語った。
利益計画は、事業経営の最も基本的な「枠組み」を示す数字で、このうちで最も重要な数字は、いうまでもなく経常利益である。必要な利益を出すためには、何がどのような数字でなければならないか、ということを明らかにするものである。
そして、その数字を実現するにはどうしたらいいか、ということがその次にくるのである。ということは、利益計画は、あくまでも出発点であって、終点ではないということである。
利益計画を実現するために、最も重要な数字は売上総利益(粗利益)――製造業の場合は加工高――である。これこそ利益の“源泉”である。
そして、この粗利益または加工高をどうして出すのか、ということは、利益計画をいくらつついても出てこない。利益計画とは「かくあらねばならぬ」という意味であって、「こうして利益をあげる」という意味ではないからである。「こうして利益をあげる」という計画こそ「販売計画」なのである。
セキやんコメント: 利益計画構築には、製造原価の変動費・固定費への組み替えが第一歩だ。そして、一般論でなく当社のモノサシで実施してこそ「腑に落ちる計画」となるのだ。
「経営の腑」第120号<通算435号>(2015年1月16日)
直販か代理店または特約店販売か 一倉定著「販売戦略・市場戦略」(社長学シリーズ第3巻:1977年刊)より
大企業、中堅企業では大部分が代理店を通じて販売している。中小企業の場合にも、代理店か特約店販売が圧倒的に多い。
特に中小企業の場合には、一般論としては直販は無理であるとしている。その理由としては、
1.販売網を作るのが困難である
2.販売経費がかかる
3.集金が大変
4.得意先の倒産などの危険を直接かぶる
というようなことである。これは、確かに一面の真理ではある。しかし、一面の真理をとりあげて、全体を決めつけることはできないのだ。
“オムツ”の専業メーカー、福岡市のニシキゴムの例をみよう。今でこそ従業員千人の中堅企業ではあるが、昭和23年に資本金百万円でスタートした時には、まさに小企業であった。
当時は、古着でさえ問屋から仕入れていたというのに、“小売店直結販売”に踏み切ったのである。
これは、現社長多川博が小売店を廻り、問屋を通したのでは売れ行きにムラがあるだけでなく、「本当の意味での販売は直販でなければ出来ない」ということを、自らの身をもって感じとったからである。
「直販など成り立たない」という同業者の忠告を押しきっての直販ではあったが、やってみて、それが事実であることを知らされた。一店当りの売上高が少なく、販売のための運賃と旅費交通費さえ賄えず、大幅な赤字になってしまったのである。
当時のことを、多川社長は「出口のないトンネルだった」と述懐している。
苦しみの中に、ついに出口を発見した。それは、八幡製鉄、旭化成、門鉄などの大企業の購買組合だ。つまり“職域販売”である。取引を始めてみると、これが意外なほど売れた。しかもコンスタントである。
この販売量を確保して、同社の事業は初めて軌道に乗ったのである。そして、昭和30年に来たベビーブームは、各地に「ベビー用品専門店」の出現となり、百貨店も相次いで「ベビーコーナー」を設けるようになった。
現在、同社は市場占有率40%を誇り業界の第一位に君臨している。
ニシキゴムの成功は、多川社長の不屈の事業家魂がそうさせたのは論をまたない。しかし、内容的にみると、社長自ら小売店を訪問して話をきき、その中から我社の販売方式を決定している。もう一つは、職域販売という、新販売チャンネルを開拓したことである。そして三番目に天佑である。
そして、直売だから成功したのではなく、自らの死にもの狂いの努力で、直販を成功させた、ということを知らなければならない。直販は「死にもの狂い」の努力に値する販売方式なのである。
セキやんコメント: 一倉は、「物事というものは、すべ利点と欠点の両面をもっており、その両方をみる必要がある」と述べ、すべて直販方式が正しいといっているわけではない。だが、本当に販売を伸ばして業績をあげたいのなら、ごく特殊な場合を除き、直販方式に踏みきるべきと主張している。