「経営の腑」第146号<通算461号>(2015年9月18日)
社長の考えを数字にする 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
社長は、自分の考えを数値化するクセをつけるべきである。
このことは第十章でもまとめて述べることだが、長期計画を策定するうえでの大前提なのである。
改めて言うまでもないことだが、社長は人一倍ロマンチストでなければならない。そうでなければ大失敗の可能性もある事業を、自分の人生を賭けて、新たに興したり経営を続けたりできるものではない。それに社長は人一倍人情家だ。そうでなければ、生まれも育ちも違う多くの人を率いていけない。人並み以上に人間の情緒というものを大事にしているのが、社長といってよいだろう。
一方、数字は人間の情緒と対極にあるものだ。理屈の世界で実に客観的である。数字の約束ごとはドライで、情の入り込む隙間のないようである。だからこそ、溢れるような社長の情も整理してくれる。社長の情緒を冷静にコントロールしてくれるものが数字なのである。つまり人並み以上の情緒に溢れているからこそ、社長には人並み以上の冷静な数字のコントロールもまた必要なのである。経営はバランス、と申しあげたが、社長の頭の中で、夢と数字とのバランスこそ一番大事かもしれない。
社長は自分のロマンや夢を数値化する、言い換えれば、経営の数字に社長の意思を込めることが必要なのである。社長は会社の数字を意図的に創り出す人でなければならないということだ。
事業の経営には数字の約束ごとがつきものである。ところが幸いなことに、用いられる数字はそう難しいものではない。小学生の知識で十分ときている。それでいて、商売の長い歴史の中で培った経験則から、社長にとって非常に重要な決断の根拠となるものだ。数字は、社長の考え方を明快に整理してくれる実に便利な道具なのである。
事業経営を簡単にするには経営の定石を踏まえることだ、と申し上げた。そして多くの経営の定石は、数値化することによってより客観的な判断材料となる。
たとえば、「もっともっと儲かる会社にしたい」というのであれば、総資本利益率を社長がつかんでいないといけない。「いざというときにビクともしない会社に育てたい」というのであれば、社長が自社の流動比率を具体的につかんでいないと、単なる寝言ということになる。
セキやんコメント: 経営は全体最適であり、その全体を俯瞰するには経営数値のキモを知らなければならない。筆者は、それを「総資本利益率」や「流動比率」で例示している。そして、その考え方のベースに、真の管理会計への理解が欠かせないことを説いているのだ。
「経営の腑」第147号<通算462号>(2015年9月25日)
社長の野望と役割意識 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
社長の野望をコントロールするもうひとつの大事な要素は、「役割意識」である。
これまでに説明してきたように、社長の役割は、第一に「将来の方向づけ」であり、第二に「関係者への付加価値の分配」にあった。社長という仕事を選んだ以上、自分の野望や夢は、この社長の役割と切っても切れない不即不離の関係にある。
気軽に、思う存分膨らませた社長の野望を少しでも実現に近づけるためには、その方向へ会社を大きく向けていかなければならない。
同時に、実現に向けて協力してくれる相手にも、成果を分配してさらに実現に向けて協力を得ていかなければならない。社員への分配をどうするか、再生産への配分はどうか等など、結果として、周りから立派な社長だといわれるような役割を果たすことが必須だ。立派だから尊敬され、尊敬されるから協力してくれる。それが最善の経営なのだ。
社長は、分配を通して自分の夢を実現させる人でもあるのだ。そうでなければ、自分の肝心な夢を実現することは叶わない。
自社の現実と夢のギャップをつかみ、さらにこの「役割意識」から社長の野望を数値的に整理していくうちに、これだという経営ビジョンが次第に見えてくるはずである。自分の夢を実現するための社長の覚悟、ポリシーが社長自身の中に固まってくるのである。
実は、次項でとりあげる「付加価値配分目標計画」は、これまでに説明してきた社長の野望や夢を、明確な「経営ビジョン」に移し替える翻訳機のようなものなのである。
セキやんコメント: 「社長は、現実と夢の間で最大限の可能性を追求していく人でなければならない」と筆者は述べる。そして、現実の数字にこだわって消極的過ぎると結局は何も変わらない旧態依然とした会社になるという。だからこそ、経営ビジョンを固める前に、思い切り野望を持つ必要があるのだ。
「経営の腑」第148号<通算463号>(2015年10月2日)
社長の役割意識を明確に持つ 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
社長の役割というものを、ここでもう一度繰り返す。根源のことだからしつこく何回も確認しておきたいのだ。
事業は社長一人で成り立っているわけではない。社長と社員が一体となり、外部のさまざまな協力を得ながら付加価値を生み出していくというのが企業経営である。
生み出された付加価値は、付加価値造成に携わった人々や機関等にバランスよく配分されていかなければならない。それを考え、実行していくのが社長である。言い換えれば、多くの協力者たちをいかにうまくコーディネートして付加価値を上げていくか、そうして生み出された付加価値をいかにバランスよく、それぞれが満足するように配分していくかというのが社長の役割である。この役割を果たしてこそ、はじめて社長は立派な経営者として認められ、尊敬されるようになる。そこに経営の原点があり、本質がある。
付加価値の配分先をここでは表に示す10としているわけだが、社長の野望の実現は、この10の配分先にいかに配分決定していくかにかかっていよう。第二章でもふれたように、配分の方針次第で、会社は良くも悪くもなるからだ。
したがって社長は、鮮明な役割認識を抱くことだ。同時に、付加価値の分配にこそ経営の本質があることに関し、十分に理解を深めておく必要がある。そのうえで、この「付加価値配分目標計画」の表に社長の基本方針を数字で書き入れていく。
長期計画を立てるに当たっては、これが非常に重要なポイントだといわなければならない。分配の哲学のないところに長期計画はあり得ないのである。
セキやんコメント: 生み出した価値を、その関係者にバランスよく配分するという、まことにシンプルな考え方である。そのバランスの妙こそ、経営手腕である。そして、不公平感の中では持っている能力を発揮し得ないという人間の本質を踏まえた、誠に実践的な経営法でもある。
「経営の腑」第149号<通算464号>(2015年10月9日)
10の配分先 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
付加価値の10の配分先については、すでに第二章において大木の枝を例に説明したとおりだが、これ以後の記述を分かりやすくするために、簡単に説明しておきたい。
まず「社員配分」だが、これは給料とか賞与とか福利厚生費というかたちで社員に配分する付加価値の一部で、一般にいう人件費である。
次の「経費配分」は、営業に必然的に伴う固定費・変動費等の経費に対する配分で、損益計算書の一般経費に相当する。
3番目の「再生産配分」は、いわゆる減価償却費だ。損耗し、陳腐化する設備・機械などを入れ替え、再生産に備えるための経費配分である。
4番目が「先行投資配分」である。研究開発費や新業種へ向けての調査費用など、将来の仕事に対する投資を指す。
次の「金融配分」は、金融機関に支払う金利への配分である。損益計算書でいう営業外損益だ。
6番目は「安全配分」である。企業は、受取手形が不渡りになるなどの不測の事態に対し、貸倒引当金を準備するなどして常に安全を心掛けていなければならない。また固定資産を売却した場合に赤字が発生することもあり、不良棚卸資産の除去損等に対する備えも必要だ。これへの配分が安全配分で、決算書上の特別損益や資産の売却損益に相当する。
次の「社会配分」というのは、要するに地方税、事業税、法人税などの税金に対する配分である。
8番目が「資本配分」だ。会社への資本の提供者、すなわち資本家への配分で、決算上の配当金に相当する。
9番目に「経営者配分」がある。いわゆる役員報酬・賞与だ。
最後の10番目が「蓄積配分」である。企業の将来に備えて蓄えておく貯金への配分で、損益計算書の差引内部留保に当たる。
以上が、付加価値の10の配分先である。
こうして見てくると、10の配分先が損益計算書の勘定科目と重なっているということに気づかれよう。実際にそのとおりで、10の配分先を裏返せば、第五図(PDF形式)に示すように損益計算書になるのである。
セキやんコメント: 税金納付を「社会配分」とする考えには、節税という概念はない。「税金を払わない社長は舗装道路を歩く資格がない」と一喝する筆者は、税金で賄われる社会基盤があってこその企業活動、との考えだ。セキやんも、税金の使い方には不満はあるが、納税は国民の義務だということには同感だ。
「経営の腑」第150号<通算465号>(2015年10月16日)
損益計算書に分配の発想があるか 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
ここで改めて強調しておかなければならない重要なポイントがある。「経営は分配である」という思想がなければ、付加価値配分計画は決して生まれないということである。
これに対して、損益計算書はどうだろうか。まず頭に売上高があり、いろいろな勘定科目を差し引いていって最後に内部留保が残る。分配の発想はどこにもない。つまり、損益計算書からは、社長の長期経営発想は生まれないのである。
ところが多くの社長は、損益計算書の発想で経常利益を大事にして、利益はいくら出るか、利益は配当するべきか内部留保にまわすべきか、税金に取られるくらいなら一部を社員に賞与として還元すべきか、あるいは自分の取り分をいくらにするか、といった年度単位の考えに終始しがちである。
これに対して、付加価値経営に目覚めた社長は、あえて決算書のことばを使えば、人件費はもとより、一般経費、減価償却費、支払利息、各種の引当金、税金等々について、5年先、10年先までの配分を社長の役割として考えていく。これこそが経営というものだろう。わたしが付加価値配分にこだわる理由がここにある。
たしかに付加価値の配分先は、結果として損益計算書の勘定科目と重なっていく。だが、それは最初に損益計算書を作ったからそうなったのではない。社長のポリシーは、付加価値の配分計画を作成する中で発揮される。こうして社長の夢やポリシーを込めて作成した配分計画が、結果として自動的に会社の損益計算書になっていく。そのプロセスが大事なのである。
もう一度繰り返そう。いきなり損益計算書の発想で利益計画をつくるのは、経理の仕事であって、社長の仕事ではない。社長は自分の役割を果たすために、まず付加価値の分配を考える。分配に対するポリシーを発揮すると、それが自動的に売上計画や利益計画になっていく。これがわたしのいう付加価値経営の基本的な考え方である。
それはいわば「目標損益計算書」を、社長の役割意識で作成するともいえよう。ここに社長がつくる長期計画の最大のポイントがあるといっていい。
セキやんコメント: 一倉氏のいう――「生きるための条件」と「社長の意図」の和が、すなわち「手に入れたい結果」である――で解釈すれば、社長の意図と我が社の生きるための条件を勘案しながら、適正配分計画という「手に入れたい結果」をつくりあげることだ。これが我が社の計画策定の根幹なのだ。