「経営の腑」第161号<通算476号>(2016年1月1日)
具体的な目標は人をやる気にさせる 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
次のような面白い話を聞いたことがある。
かつてハワイで清掃局員のストライキがあり、ワイキキのきれいな街がゴミだらけになっていしまったことがある。清掃局員の言い分は、人手不足なのに安月給でこんな重労働はやっていられない、大幅増員と大幅昇給を要求する、といったことであったらしい。そこで当時の日系知事さんが、「担当の地区のゴミを集め終わったら、就業時間内でも帰宅してよろしい」とやったら、何と、街中のゴミはほとんど午前中か、遅くても2時、3時には収集されてしまったという。局員は約束どおり、時間前に帰宅して、大半が次のアルバイト先に向かったというのである。
お役目で嫌々やる仕事は、本人もつらいだろうし、能率も上がるはずがない。もし自分の会社でも、このような部門があれば大変だ。ところが、何の動機づけも教育もせずに、旧態依然の配置をしておいて、「今の若い者はどうもやる気がない」「怒るとすぐ辞める」などと、やる気のない社員を嘆く声は少なくないようだ。いわゆる“新人類”といわれだして久しいが、なにも若い人だけではない。無気力な中堅社員、窓際社員といった存在に悩む会社が、意外に多いようである。もしこれらの人々が本気でやる気を出したら、人件費増以上の付加価値を会社にもたらしてくれることは確実だ。
わたしどもの会社でも、毎年30人ほどの“新人類”の新卒を採用している。その過程で気のつくことであるが、確かに新人類と呼ばれている今の若い人達は、昔の若者と比べて、自分から何かを選んでやるということが少ないようだ。指示がないと気づかない、動かない。という傾向が確かにあるかもしれない。学校の教育も家庭のしつけも甘やかされて、物質的にも恵まれ、あまりハングリーな気持ちになったことがないのか、良くいえば総じておっとりしている。
しかし、目標をはっきり決めてやれば、本当に感心するくらいよくやるのも、新人類なのだ。はっきりした目標を設定して、その目標に彼らが納得したときには、信じられないような熱意を見せてくれるものである。そして彼らが納得できる目標のカギとなるものは、社長の将来に対する考え方であり、夢であり、それらを具体的な目標に設定した“長期計画”なのである。
つまり、いま実証しようとしている長期計画それ自体が、人件費の重要な解決策なのである。
セキやんコメント: 社員一人当たりの年収目標を加えて中期計画を発表したら不良率が大幅に低減した製造業、業績改善したので一律に5万円昇給させたら事故率が激減し保険料削減した運送業など、自分の待遇と会社の計画・業績は連動すると感じることが社員のモチベーションに直結するのは明らかだ。
「経営の腑」第162号<通算477号>(2016年1月8日)
運営基本計画と実証結果の差を考える 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
さて当初の基本計画の数字を実証してみた結果、どうであったか。
5年後の総人件費は7億3272万8000円と実証された。つまり当初の付加価値の35%を配分して6億9800万円という数字には、とても収まらない。35%の配分でやれるだろう、ということで運営の基本計画を立ててみた、しかし、実際に人件費の推移を実証して見たら、7億3000万円以上かかってしまう。それも一人当たり労働生産性を50%上げ、毎年3人の増員のうち2人はパートにして、この結果である。絵に描いた餅であったわけだ。
この差を社長はどう考えるべきか。ここがまた大事なところである。
結論から申し上げると、合わなかったからといってがっかりすることはない。これでいいのである。ぴったり合うわけがないのだ。
ここに生じた差は、実は、社長の漠然とした野望や夢と、現実との差といってよいだろう。
逆にいえば、世の社長の多くは、ご自身の野望や夢を膨らませることには熱心でも、それを実現させる手段については無頓着である。無頓着というのが言いすぎであれば、ご自身のこと、自分の会社のことが見えていない、分かっていないとでも言おうか。その結果、実証作業をすると、これまで見えていなかった我が社の体質が見えはじめ、社員に対して打つべき手を打っていなかったことに気づくのであある。人件費について、自分のポリシーをきっちり反映していくと7億円以上必要なんだと、一刻も早く、だれよりも早く気がつくべきなのである。こういうやり方が、会社の実態をより正確につかまえることにつながる。
この実証作業をはじめて体験する社長は、ご自身の考え方の整理と自社の「ひと」の面からみた体質の把握に、それなりの時間と労力を要するかもしれない。しかし一度コツをつかんだら、一通りの計算に30分もあれば十分である。そして運営基本計画と人件費計画の差について、いろいろ試行錯誤を繰り返していけばよいことだ。
結果として、この試行錯誤が、社員に対する社長の実務ノウハウとなるのだ。
セキやんコメント: 計画や目標などと現実のギャップから目をそむけずに、敢然とそのギャップを埋める努力をすることが経営者としての責務だ。一倉氏のいう「矛盾と不可能へのチャレンンジ」からしか、自社の姿や顧客の要求が、真に見えてこないのだ。万が一にも、目標修正に逃げてはならない。
「経営の腑」第163号<通算478号>(2016年1月15日)
社長としての減価償却のとらえ方 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
固定資産投資と減価償却は、たとえば製造業でいうと、一般には付加価値配分の10%前後の比重を占めているのが普通である。項目としては、人件費、変動費に次いで比率が大きい。しかも、設備資金というのは、一部ずつ徐々に回収されるものであり、その金額を回収するには相当の長期間を要するのが通例である。それだけに、社長としても慎重が期される重要項目なのだ。
いうまでもないことだが、設備というものは年を経るごとに陳腐化していく。したがって、今後、より一層生産性を上げていくためには、時代の変化に伴い、仮に製造業なら最新の効率的な設備・機械に切り替えていかなければならないし、流通サービス業なら最適な店舗や内装設備を更新していかなければならないだろう。だが、それにはかなりの資金が要るし、そのうえ、その資金には限度というものがある。
そこで問題となるのが、減価償却のとらえ方なのだが、ここでも、会計の専門家や経理の見方とは違った、社長としての視点がどうしても必要になるのだ。
たとえば、(中略)税法で定める減価償却率にやたら詳しい社長は結構多い。ところが、自分の会社で平均して償却年数何年の設備投資をしているのかを聞かれて、答えられる経営者はほとんどいない。(中略)
要するに社長は、償却年数表を見れば分かるような、個別の償却率などについて、いちいち覚えておく必要などないということだ。何でもいたずらに詳しければいいというものではないだろう。
もちろん、だからといって、頓着なく経理や会計士の先生にお任せというのでも困る。後先を考えずに乱暴な投資をやってのけ、あとで経理担当者を嘆かせるような社長に、こういうタイプが多い。これも非常に危険なことだ。大事なことは、
@今後5年間の設備投資の枠はいくらなのか
A償却年数は平均どのくらいなのか(平均償却率は何%か)
ということを把握しておくことである。そういう大きなつかみ方が、社長として設備投資計画を立てる際には絶対的に必要なことなのだ。
セキやんコメント: 社長は、「木を見て森を見ず」にならないように心しなければならない。経営は部分最適ではなく、全体最適だ。その全体最適かどうかを判断する上で不可欠なツールが、「我が社の管理会計」なのだ。これによって、事実数値でそのバランス・実態が読めるからである。
「経営の腑」第164号<通算479号>(2016年1月22日)
減価償却の定石 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
設備投資計画を立てるには、次のような定石を知っておくことも必要である。
すなわち、「設備投資額は、その期の減価償却費と同額にする」という定石である。これは定石であって法律ではないのだから、必ずしも守る必要はないわけだが、社長として忘れてはいけないことだ。
もっとも専門家の中には、これを「償却費以内」としている先生もいる。わたしは「イコール減価償却費」と指導している。いずれにせよ、設備投資額を減価償却額と同額または減価償却費の範囲内に抑えるというのは、経営のひとつの基本なのである。
いうまでもないことだが、なぜそうなのかといえば、減価償却で減った分を投資で増やしていくのだから、プラス・マイナス・ゼロとなり、常に安定した状態を保てるからだ。減価償却費の範囲を逸脱すれば、その分どこからか新たに資金を調達してこなければならない。ただし誤解されると困るのは、これはあくまで通常の設備投資の場合であって、建物など回収に時間のかかる投資は別だ。償却に数十年を要するような投資には、それ相応の長期借入金をもってきて、これは別勘定にして運営するわけである。
ところで、後先をあまり考えようとせず、減価償却が2億円のところに5億円の設備投資をしたりする社長がいるとしよう。経理の責任者や会計士がいくら無茶だと制止しても、「そんな消極的な発想で事業を伸ばせるか!」と、聞くものではない。よく見かける社長のタイプだ。乱暴といえば乱暴だが、一方、この社長の言うことにも一理ないわけではない。
特に、積極経営を推し進めていこうとしている創業間もないような会社なら、敢えて定石を破り、減価償却を上回る思い切った投資をしていかなかったら、いつまでたっても発展できず、結局零細のまま終わってしまうことになるだろう。
したがって、「投資額イコール減価償却費」というのは、あくまでも原則であって、絶対にイコールでなければならないということではない。積極的に事業を展開していかなければならないときは、減価償却費を上回る投資もありうる。もちろん、これは長期計画の裏づけがあっての話だ。
しかし、定石は、やはり定石である。経営者は常にこれを頭に入れていかなければならない。バブル時代に甘い投資をし、今になって放漫経営のつけに泣いている会社が少なくないのは、定石を無視した結果だろう。したがって、減価償却費を上回る投資をするときには、かつての反省の上に立ち、本当にそれが可能なのかどうか、次章で検討する「資金運用計画」とも十分に相談しながら決めていくことが必要なのである。
セキやんコメント: 借入金の返済原資として減価償却費を充てる、というのが一般的な理解である。これは、キャッシュフロー的には正しいが、経営実務的には違和感がある。借入金返済原資は、あくまでも利益分から捻出すべきものである。そうでなければ、潤沢な設備投資が出来なくなるからだ。
「経営の腑」第165号<通算480号>(2016年1月29日)
社長は資金繰りに四つの方針を出せ 佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
いよいよ「おかね」の面から、運営基本計画の実現性を検討する段階に入る。
言うまでもないことだが、資本主義の世の中では、すべての事業活動が「おかね」を通じてバランスシートに集約されている。内容に良い健全なバランスシートは、良い経営の結果であり、問題のある不健全なバランスシートは、悪い経営の結果なのである。本書の第三章で説明したように、「おかね」の使い方にも社長の明確なポリシーがないと、バランスシートがいつの間にか不健全なものになっていても、社長がいつまでもそれに気づかないということになる。
そこで「我が社のバランスシートは将来どうあるべきか」を想定して、「運営基本計画」について長期にわたる「資金の効率的な運用」と、短期の「効率的な運転資金」の二つの面から、その実現性を大きく見ていくことが必要だ。
まず運転資金である。多くの創業社長にとって、運転資金の資金繰りは、いやおうなしの実務であったはずである。創業当初はだれでも乏しい資金のやり繰りに追われる毎日だ。仕入れ代金の支払いはできるだけ待ってもらい、売ったものの回収は現金支払いとなるように頼み込み、わずかの預金で融資を受け、見様見真似、必死の資金繰りをやって、なんとか商売を大きくしてきた、そんな体験を残らずおもちのはずである。ところが、商売や事業が大きくなってくると、このような創業社長でも、まして、二代目社長ならなおさら「勘定合って銭足らず」という実に単純な理屈が、社長の視野に入らなくなってしまうことがある。
どんどん仕入れたが思うようにさばけず、在庫の山を築き、ソロバンを入れてみると、必要な「おかね」がいつの間にか不要な「もの」に変わっていて、資金に詰まってくる、というような例は決して珍しくない。あるいは物を売っても回収にルーズで、しかし仕入れたものにはしっかり律義に払う。このせちがらい世の中に、そんな鷹揚な会社があるかといえば、実は地方の名門企業といわれるところに案外多いものである。このような会社も資金繰りに余計なおかねを借りて、余計な金利を払って収益体質を悪くしているのに気がついていない。これでは3年先、5年先の繁栄どころではない。ザルで水をすくっているようなものだ。
そこで社長は、長期計画の運転資金が効率よく回るように、次の四つに社長の方針をはっきりと打ち出すべきである。
@わが社の売掛債権の適正回収率…金利に結びつけて考える
Aわが社の適正在庫…月あたり付加価値の4カ月が目標
Bわが社の手元現金の適正額…次号で解説(@、Aは割愛)
Cわが社の買掛債務の適正支払率…回収率と支払率の差に注意
の四つである。以下、順を追ってそのポイントを説明していこう。
セキやんコメント: 佐藤誠一氏の基本スタンスは「資産勘定の増減は、いつも金利に結びつけて考える」である。つまり単純にいえば、回収率の悪化や過分な支払率は金利負担を増やすことになるということだ。同様に、余分な資産の減少は余分な金利の減少にもなるのである。