Sekiyan's Notebook グローカルニュース〜経営の腑

セキやん通信「経営の腑」


第176号“達成感が人材を育てる”<通算491号>(2016年4月15日)

第177号“社長は「好循環サイクル」をつくる人である”<通算492号>(2016年4月22日)

第178号“社長の能力の好循環サイクル”<通算493号>(2016年4月29日)

第179号“野望が先見に変わるとき”<通算494号>(2016年5月6日)

第180号“世の中に対する役割を自覚せよ”<通算495号>(2016年5月13日)

「経営の腑」第176号<通算491号>(2016年4月15日)

 達成感が人材を育てる  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 人間というものは一つの目標を達成すると、必ず次の目標にチャレンジする意欲がわいてくるものだ。達成感を味わった部下は、必ず前よりももっと高い目標を目指してくれる。それが必ず会社というものを大きくしていく確実な原動力となるのである。
 もう一点、達成感がその人の能力を大きく育てる、ということが重要だ。第九図(PDF形式)は、社長の目標設定と達成のために必要なチェック、助言、協力によって目標を達成して、次のより高い目標に挑戦する、わたしのいう「好循環サイクル」の図である。
 経営の本ではよく「PLAN(企画)DO(実行)CHECK(審査)」が仕事を進める原則であるとされているが、わたしにいわせれば、企画したものはどんなことがあっても実行させ達成させる、達成させるためには途中でチェックし、助言・協力をし、達成感を味わわせる。つまり、「達成することによる能力の向上」の要素を縦軸に加える、P→D→Cの流れに、さらに縦軸に、達成したことによる能力の向上と、さらに質の高い目標の設定という螺旋型のサイクルこそ本当だと思う。
 長期計画の実践を通じて、達成感が人材を育てるということは、非常に大事なポイントである。

セキやんコメント:   ここでは社員について論じているが、社長にとっても同様で「いつかは給料上げるから、今は我慢して!」と何年間も言い続けている社長は、収益向上という目標を達成せずに、社員に無理強いしていることだ。処遇改善できるよう、まずは業績目標を確実に達成することが社長自らの脱皮になる。

「経営の腑」第177号<通算492号>(2016年4月22日)

 社長は「好循環サイクル」をつくる人である  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 もはや形だけの社長の権力で引っ張る時代ではない。
 企業成長の秘訣のひとつは、能力の向上とより高い目標設定という螺旋型に上がっていく「好循環サイクル」を、いかに社長が社内につくりだしていくかということである。
 そのためには、部下への目標設定も実現可能なものでないといけない。
 いつも未達、未達の連続では、部下が目標に挑戦する意欲を、わざわざそぎ落としているようなものだ。過去の実績からみて考えられないような目標を掲げて、部下に実現しそうもない高すぎる目標を設定することは、「社長の出す数値は信頼できない」としつけているに等しい。しかも社員は自信を失い、能力の向上どころではない「悪循環サイクル」となりかねない。
 わたしが、経理や事務の人がつくる長期計画ではなくて、あくまで「社長の長期計画」にこだわる理由のひとつがこの点にもあるわけだ。
 社長の長期計画は、このように螺旋型に社員の能力を引っ張り上げる役目も果たす。本物の社長のリーダーシップというものは、こうあるべきではないだろうか。
 これは佐藤塾のメンバーの会社の一つ、建材卸のT産業であったことである。(中略)
 会社を大きく育てるには、「大きくなるような方向づけ」こそ、社長の最大の役割だ、とはじめに述べた。しかしその方向づけは、5年とか10年に一度の、次元の高いものでなければならない。毎年、1年に何度もというのでは、方向づけとは言えないのである。事業を軌道に乗せるのに3年はかかる。1年やそこらで結果の出るようなものは、もし首尾よくいっても、事業のコブにしかならないものだ。5年、10年たつとそれらのコブが、企業の健全性に害をもたらすようになるのだ。
 全社一丸態勢をつくるためには、社長に、落ち着いた骨太の長期ビジョンが不可欠である。それを基に、実現可能な枠を部下に示し、指示してチェックし達成させ、部下の能力を引っ張り上げて次の目標にチャレンジさせる。会社全体の能力を一回り大きくしていくのが、社長の本物の統率力といえよう。
 社長は「好循環サイクル」をつくりだす人でなければならないのだ。
 ところで、この過程は、同時に、社長自身の経営能力育成プロセスでもある。

セキやんコメント:   前号でコメントしたことが、詳しく説明されている。社員と社長のレベルは、中長期的には均衡する。つまり、社長が手を抜けば手を抜くことを良しとする社員が増え、社長が懸命に努力すれば努力を良しとする社員が残る。だから、社長にとって、社員は社長自身を映すカガミなのである。

「経営の腑」第178号<通算493号>(2016年4月29日)

 社長の能力の好循環サイクル  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 事業を育て、会社を大きく育てる過程で、社長の能力も、それにふさわしく伸ばしていかなければならない。社長自身の「好循環サイクル」が必要なのである。
 先のT社長に限らず、事業を興した人は、生まれついての商才やしつこさや交渉力や統率力など、どれか一点でも人並み以上に優れたものをもっていたからこそ、今日を築いたといえる。
 社長に必要な能力や要素については次の章でまとめて述べるが、ここで第十図(PDF形式)(HPでリンク)をご覧いただきたい。自分の会社の将来を考えない社長は一人としていない。
 長期計画をもたない段階では、社長としての将来の野望や夢が剥き出しのままで、頭のなかに、胸の中に入っている。社長とて、一人の人間であるから、他人に言ったら笑われるような物欲や名誉欲や権力欲のかたまりだ。むしろ、それらが人一倍強いから社長をやっているといえなくはない。それらの、社長自身でも正体をとらえられないような、曖昧模糊とした野望とか夢というものをエネルギーとして、激務をこなしているはずだ。しかし剥き出しのままの野望や夢は、時として社長自身を悩まし、あるいは不安にさせ、眠れない夜をもたらすのである。
 はじめて長期計画に取り組む社長は、例外なく、自分の個人的な野望の整理整頓を迫られることになるのだ。(第十図の螺旋のはじまりの部分)
 社長の役割を認識して、付加価値の配分目標を設定するときに、社長のビジョンを数字に表現しなければならない。繰り返し述べてきたが、このときに社長はわが社の現状と自分の夢の落差に気がつくことになる。わが社の「ひと・もの・かね」から実現性をチェックし、最終の目標を設定するまでに、自分自身にもはっきりしなかった野望のうち、何が最も大事で何がどうでもいいものかが、おぼろげながら見えてくるはずだ。
 はじめての目標設定は、実証作業をやってはいても、何らかの見込み違いもまた必ず発生する。計画通りにはなかなかいかないものである。ここで大事なことは、「何としても目標を達成する執念」である。あれだけ実現性をチェックして立てた目標だ、何が不都合で狂ったのか、当初の想定した条件との誤差を見つけて対処する。そのためには社内だけではない、社外にも協力者を求める。そして目標を達成したときに、達成感が社長に自信と新たな意欲をもたらす。その結果、社長の能力は、当初より一段と向上するのである。
 次の計画策定の段階では、社長の役割意識も当初より強いものとなっている。社長の野望も、一段次元の高いものへと昇華している。実証作業もよりポイントをついたものとなって、実現性の確率も高くなる。その上で設定した新たな目標は、社長の達成への執念もより強く、しつこいものとなるはずだ。それでもなお思惑は外れることもある。新たな見込み違いが発生することも当然ある。しかしすぐに手が打てる、適切な対応策を考えられるような能力が、いつの間にか社長に備わっているはずである。
 実は長期計画実践の一番の効果は、このような社長自身の能力の「好循環サイクル」を自らつくり出すことにある。

セキやんコメント:   いい会社・悪い会社というのはない。いい社長と悪い社長が居るだけだ」という一倉氏の指摘は、社長自らの姿勢で企業はどうにでもなるということで、まさに社長が長期計画に真剣に取り組むことが会社の優劣に直結するという佐藤誠一氏の実践からの裏づけが述べられている。

「経営の腑」第179号<通算494号>(2016年5月6日)

 野望が先見に変わるとき  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 洗練されない、剥き出しの個人的な野望や欲は、社長の役割認識と数字の約束ごとで磨かれ、どうなるかさっぱり見当のつかない未来から、計算できる未来へと変わるのである。
 社長の事業や会社をみる視野がしだいに広がり、内部から、また外部からの情報の精度も上がる。全社を挙げて、より次元の高い野望に挑戦することが可能となる。統率力も経営手腕も、当初とは比べものにならないほど強化されることになるのである。
 そうなると不思議なもので、つかむ運も、協力者も数が増えて大きくなるものである。いつしか周りから尊敬される存在となっているのだ。先見性のある、夢のある素晴らしい社長だと評価されるようになる。社長の能力の好循環サイクルをつくりだす。これは、社員の能力を引っ張り上げることと同じように重要である。
 佐藤塾の仲間の成長ぶりをみてきて、念願の店頭上場を果たすもの、わたしの会社より多い利益を申告するものなどが輩出してくると、本当にわがことのように嬉しいものだ。入塾当時の様子は、本書の冒頭でも紹介したように、やり手の経営者となる素質はうかがえたものの、あまりにやんちゃで粗削りすぎたり、頭でっかちであったり、性急にすぎたり、優柔不断であったりと、失礼だがよくぞここまで成長したなと、感慨深いものがある。
 もちろんわたしもそうであうが、塾の仲間は全員、社長という仕事が楽しくて楽しくてたまらないと思っている。こんなやり甲斐のある仕事は、社長以外には考えられない。生まれ変わってもまた、社長業をやりたいと思っているに違いない。これこそ、長期計画を実践していく本当の効果ではないだろうか。

セキやんコメント:   社会現象には、加速度的スパイラル効果がつきものだ。前号テーマに続き、経営トップの正のスパイラルすなわち「社長の能力の好循環サイクル」在りきで、その実現によって社員を含む協力者群の好循環サイクルを生み出すということを、繰り返し述べている。ここでも、「経営すべての根源・責任は社長にある」という一倉イズムと合致しているのだ。

「経営の腑」第180号<通算495号>(2016年5月13日)

 世の中に対する役割を自覚せよ  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 社長としての役割意識と付加価値配分の戦略的な目標設定は、長期計画の実現を通して、発展する未来と尊敬される社長という二つの成果をもたらす。
 しかしながら、10年先までの繁栄を確実なものとするためには、冷静で合理的な数字の約束ごとだけではなく、人間的な魅力や運や執念といった、極めて人間くさい要素も決して無視できないと思うのだ。
 これまで40数年の経営人生にあって、わたしが長期計画とともに大事にしてきた社長心得をあげ、読者の参考としたい。
 本章で、わたしが常日ごろから大事にしている考え方について触れておきたい。
 これから述べることが、すべての会社にあるいはすべての経営者に普遍のものとして、正しいかどうか本当は分からない。しかし40数年間会社を経営してきて、またさまざまな業種業態数十社の経営の面倒をみてきて、「社長としてこういうことが肝心だな、大切だな」とつくづく感じ、自戒として心掛けてきたことだけを挙げてみる。
 いってみれば、長期計画を企画推進していくうえで、自らの夢を実現させる社長として忘れてはいけない「基本心得」である。
 そのまず第一は、何といっても「社長の役割を自覚せよ」ということである。
 このことは、本書に一貫して流れる最重要な課題であって、改めてここで付け加えることはない。きれいごとでもなんでもなく、商売を可能とさせてくれる社会に対して、社員に対して、株主に対して、金融機関に対して、一体どんな役割を果たしていくべきなのか、これは会社を経営するうえでの絶対条件と言ってよいのではないだろうか。
 逆に、社長としての役割を果たしていないと、会社の利益追求を迷わずにはできないということだ。
 何のために儲けるのか、何のために事業を継続させていくのかは、結局、社長の役割意識なしには、説明がつかないものなのである。

セキやんコメント:   利益の確保は、企業存続の必要条件であり、決して企業の目的ではない。したがって、ここで指摘されるように、利益追求に邁進するには、社長としてそのことに心底納得していなければならない。何のために儲けるのか、何のために事業経営を続けるのか、社長の「本音のWHY」が拠り所となる。

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