Sekiyan's Notebook グローカルニュース〜経営の腑

セキやん通信「経営の腑」


第186号“ギブ&テイクを常に心掛けよ”<通算501号>(2016年6月24日)

第187号“自分の失敗をさらけ出す勇気をもて”<通算502号>(2016年7月1日)

第188号“自分の考えを常に数値化する習慣をもて”<通算503号>(2016年7月8日)

第189号“即座に結論を出す習慣をつけよ”<通算504号>(2016年7月15日)

第190号“問題の本質をつかめ”<通算505号>(2016年7月22日)

「経営の腑」第186号<通算501号>(2016年6月24日)

 ギブ&テイクを常に心掛けよ  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 事業の将来の方向づけをするうえで、できるだけ社長のもとに入ってくる情報の量と精度を高める必要がある。
 そのためには、人とのつき合いの幅を広げることが特に大事だ。大企業のように、自前で研究機関や調査機関をもって、優秀な専門家を擁しているところなら、次の方向づけは自分のところでも可能だろう。しかし一般の会社で簡単にできることではない。
 わたしの今日までを振り返ってみて、自分の力で事業構想を思いついたことはほとんどなくて、たいていは他人から得た情報やアドバイスが一番大きかったのだ。業界の内外を問わず、できるだけ多くの人と会って交流することが、事業決定のキメ手だと思うのである。
 そこで、経営上の人間関係はギブ&テイク、という原則を忘れてはいけない。
 「人間関係がギブ&テイクとは、打算的で特殊な意見だ」と、眉をしかめる向きもいるだろう。人と人との関係は、ギブ&テイクというような打算で動いてはいけない、損だ得だで判断することではないと。まことにもってきれいで立派な主張だと思う。
 ところが現実は、テイク&テイク、手前勝手な風潮に満ちているのではないだろうか。事業の世界でも、社長がテイク&テイク、お客様にも、関係先にも、社員にも要求ばかりでは、永続的な事業の繁栄は望めない。
 ここで強調したいのは、社長は、何事もまず相手にギブしてからテイクを考えるようにせよ、ということだ。
 このごろ異業種交流の会が盛んなようだ。ところがギブするものが何もなくて、テイクだけの動機で参加したところで何もテイクできない。異業種の交流も単なるお遊びに終わってしまいかねないのだ。(中略)
 中小規模の会社では、集まる情報の量も質も限られることになる。それだけに将来を決める一番大きな要素は、人との付き合いの幅にあるといってよい。だからといって、単なる遊び仲間をいくら増やしてもだめだ。やはり経営上のギブ&テイクの関係になる人との交流を増やすことが、肝心である。
 これは何も事業展開のための情報源の広げ方だけの問題ではない。会社の死命を握るお客についての社長の姿勢、会社の姿勢にもそのまま当てはまることである。
 お客に、儲けさせてください、お金をください、とだけお願いにいく人はいないはずだ。うちの商品は使うとこんな効用があります、次のようなメリットがあります、こんなに便利なサービスですと、こちらからギブできるものをまず示さなければ商売が始まらない。ちょっとベテランの営業なら、いきなり商品を売り込んでも相手は目を向けてくれない。まずは相手が関心ある情報を提供したり、困っていることを無償で解決したりして信頼関係を築いてから、と言うだろう。
 考えてみれば、社員についても言えることだ。うんと儲かったら給料を弾むと言うのと、給料をコレだけ上げていこうと思う、ついては売上をいくらに上げ費用をコレだけ抑えるように頑張ってくれと言うのと、どちらが社員のやる気につながるだろうか。言うまでもないことだ。
 まさにギブしてからテイクを期待する。この原則は、事業の基本的なあり方を決定するほど大事なものだ。

セキやんコメント:  マタイ伝の「求めよ、されば与えられん」は、自ら積極的に求める姿勢が大事だという教えだが、ここでは「経営上で、積極的に求める場合には、まずは先方の便益を優先せよ」と説いている。確かに、「急がば、回れ」という教えもあるのだから。

「経営の腑」第187号<通算502号>(2016年7月1日)

 自分の失敗をさらけ出す勇気をもて  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 会社の中で一番大きな失敗をするのが、社長である。
 社長が会社の将来の方向づけを間違えたら、部下がどれだけ頑張っても取り返しがつかない。日々の社長の判断でも完全無欠ですむわけがない。失敗の繰り返しをやるのが現実の経営だ。
 ところが、多くの社長は、自分の失敗を認めたくない。社長は完全無欠だと装いたい。そうでないと部下に示しがつかない、と考えている。これは大きな間違いだと思う。
 社長は、自分の失敗をさらけ出す勇気をもつべきである。
 自分の欠点や失敗を隠さない大らかな人物は、多くの人を引きつける魅力があるとは、よく物の本に指摘されているとおりである。人の上に立つためには、このようなざっくばらんな人間的魅力も、統率の要素として確かに必要だ。
 しかし、失敗をさらけ出すことには、別の大切な効用があることを忘れてはいけない。
 もし社長が自分の失敗をさらけ出さないでおいて、部下の失敗をとがめると、部下が新しい仕事、失敗する可能性のある仕事に挑戦する意欲を失ってしまう。無難な仕事だけ選ぶようになってしまうのだ。
 したがって、社長はたとえ小さな失敗でも、俺としたことがこんなばかばかしいことをやってしまった、ドジを踏んでしまったよ、と平気で部下にさらけ出す勇気が必要なのだ。
 そうすると、部下が安心して難しいことに挑戦してくれる、この次は同じ失敗は繰り返しません、任せておいてくださいと、失敗を乗り越えて成長してくれることになる。

セキやんコメント:  社長は会社のトップでしかも一人の人間だから、恥をかきたくないとか弱みを見せたくないとかという気持ちは否定しない。しかし、そんなことが事業経営に何の役に立つというのだ。内向きにつまらない帳尻合わせのエネルギーを使うより、もっと大事なお客様活動など外向きに使うべきだ。

「経営の腑」第188号<通算503号>(2016年7月8日)

 自分の考えを常に数値化する習慣をもて  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 社長が自分の考えを数値化する習慣は、次の二点で、特に重要だ。
 一つは、社長の経営方針を全社員に正しく理解させるということであり、一つは社長の経営思考・経営能力の強化ということである。
 「考え」というものは、説明の仕方によって、また聞き方によって、相手の解釈の仕方に大きな幅がでるものである。言葉の使い方、強調の仕方、考えを述べるタイミングを間違えると、自分の考えを相手に十分に理解してもらえないことが多い。ところが数字はドライだ。数字だけでは社長の考えや体温が感じられない。しかし相手によって解釈が分かれるということがない。百は百、千はあくまで千である。そこで社長の考えを数字に込めて、全社員に徹底を図るのである。
 「売上を上げるように一生懸命頑張ってくれ。俺も頑張る」というような方針と、「売上は12%増とする」という方針の差は、説明するまでもないだろう。
 社長の経営能力の強化については本書の第九章で取り上げたとおりだ。長期計画を立てて経営していくと、おのずから、社長の考えを常に数値化する習慣ができあがってくることになる。数値化することによって、社長の迷いが整理され、対応策の手掛かりが生まれ、ときには事業転換の契機となる。このことについても、読者の皆さんに多くの説明は必要としないだろう。

セキやんコメント:  ドライに数値化することで、社長自らの頭の中が整理され、業績と数値の関連性に気づき、打つべき手立てが浮かぶ。さらに、社員と共有することで、その感覚が社員にも伝播し、全社的な収益性改善のうねりに高まる。こうした好循環サイクルは、Sフレーム実践の中で当たり前になっている。

「経営の腑」第189号<通算504号>(2016年7月15日)

 即座に結論を出す習慣をつけよ  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 社長の優柔不断は百害あって一利なし、である。
 経営の現場では、緊急に結論を出さなければならないことも起こる。このときに社長が優柔不断であると、部下としても対応のしようがない。大きく発展するチャンスをみすみす逃してしまったり、小さな損害でくい止められずに大きな損失を招いたりしてしまうものだ。
 緊急を要する対応でもすぐには態度を決められないのだから、会社の将来の方向づけや、部下から持ち込まれるさまざまな相談や提案には、慎重も慎重、よく考えておくと言ってそのままほったらかし、ということになりやすい。催促されても、もうちょっと待てと言うばかり。これでは無気力な会社になってしまう。せっかく訪れたチャンスにも乗れない。
 社長は、即座に結論を出す習慣をつけなければならないのだ。
 優柔不断の原因は、単に社長の本来の性格のためというだけではない。会長・専務との複雑な力関係、あるいは親会社・子会社との力関係などさまざまな要素があるようだ。
 しかし一番の原因は、社長自身どう決めたらよいのか分からない、という当たり前のことだ。あとはすべて、言い訳にすぎない。父親の会長が頑固でなかなか首をたてに振らない、弟の専務が工場の責任者だからこの件は俺の一存では、親会社が何と言うか等、すべて自分でどうすべきか判断できない言い訳である。
 日ごろから考えていないから分からないのだ。うろたえてしまうのである。
 毎日の実務のうえで、大きいことや細かいことや、何が起こるか分からない。それらに即座に結論を出すためには、日ごろから考えていないと判断がつかない。結論が出ないのだ。もちろん社長はテレビや電話の人生相談の先生ではないのだから、いちいち細かいことにまで当意即妙の名答を出す必要はない。経営の大きな判断を間違えなければいいのだ。
 長期計画こそ、社長が即決できる最も有力なよりどころである。もし社長が自分で長期計画を立て、運営していれば、何も困ることはない。判断の基準は社長の頭にしっかりと用意されているからである。ピントの外れた対応をするわけがないのである。

セキやんコメント:  一倉語録の「優柔不断は誤った決断よりなお悪い」に当たる。さらに、「たとえ決定が間違っていたとしても、決定しないよりは優っている。早く動き出せば、間違いも早く発見でき、それを訂正する時間が残る。いかに優れた決定でも、土壇場になってからでは、それを実現する時間がない」と説く。

「経営の腑」第190号<通算505号>(2016年7月22日)

 問題の本質をつかめ  佐藤誠一著「野望と先見の社長学」(1994年刊)より
 これは改めて読者の皆さんに説明をする必要もないことかもしれない。
 社長の周りには、毎日毎日、実にさまざまな出来ごとが起こる。個人的なことから会社の内部のこと、外部のこと、業界のこと、地域のこと、社長に課せられた本当の役割を果たせば果たすほど多忙となり、大勢の協力者にかつがれた御神輿にいやがおうでも乗らざるをえなくなる。
 そのただ中で、問題の本質を見抜く目が曇るのではないか、と自戒の念を込めてここに一項目として挙げている次第だ。
 長期計画での行動基準・判断基準だけではなお不十分で、社長自身の物事をみる目の強化、洞察力の絶え間ない養成が必要だ。
 そのためには死ぬまで勉強だと思っている。自分の経営領域の外にも、好奇心のそそられる、思わずのめり込みそうなさまざまな考え方や手法や生活や文化などがあるはずだ。わたしのなかの世界は、それらに比べれば、なんと狭い、小さなものだろうか。
 限られた視野から群盲象を撫でるようなことにならないように、少しずつでもわたしの視野を広めていこうと努めているわけである。

セキやんコメント:  ドラッカーの「象の全体像と経営」は上記のインドの寓話からの出典のようだ。象の耳に触って「ウチワのよう」、鼻に触り「大きな蛇のよう」と部分や現象を語るのは、経営者が「経理が大事」「労務管理が大事」と部分最適に流れるのと同じとの指摘だ。経営の本質は、全体最適であることを肝に銘じたい。

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