「経営の腑」第206号<通算521号>(2017年2月24日)
経営計画には社長自ら取り組め 一倉定著「経営計画・資金運用」(社長学シリーズ第2巻:1976年刊)より
私は、社長自ら立てた計画でない限り、示されても見ずに突き返してしまう。社長に対して失礼な態度ではないか、といわれるかもしれないが、社長が作ったのではない書類を突き返しても、社長に対する礼を失したことにはならないのである。
社長は、会社の最高責任者である。その社長が、我社の未来を決める最高方針の樹立と目標の設定を、自らの責任と意思において、自らの手によって、つくり上げることこそ本当である。
その重要な事を、他の人にやらせるということは、明らかに社長の重大な責任回避である。忙しいからという理由こそおかしい。最高方針の樹立以上に大切な計画が他にあるわけがない。たしかに社長は忙しい。忙しいからこそ、重要な仕事から取組み、重要度の低い仕事は、出来なくても致し方ないのだ。
だから、いくら忙しくとも、最重要な仕事ができないということこそ、おかしいのである。経営計画をつくるために時間を取られて、他の仕事ができなかったというのなら話は分かる。しかし、忙しいから経営計画を自ら立てる時間が無いという程、おかしなことはないのである。
これに対し、「社長が何もかも自らやらなくとも、社長の意図を立案者によく知らせてつくらせればいいではないか」という反論は説得力が強い。
これは、理論としては正しいように見える。しかし、現実にはあり得ないのである。
立案者が、いかに優れた能力を持っていようと、企業の最高責任者ではない。立場の違うものに対して、社長の立場に立って物を考えよ、という方がおかしい。
ましてや、社長の意図を誤りなく伝えて、自らの意図通りの経営計画などできるはずがないのだ。
社長は事業の経営をする人である。だからこそ、自らの責任で、自らの意思で経営計画を立てなければならないのだ。しかし、社長は社内の事情を何もかも知っているわけではない。販売のことは営業部長の方が詳しいに決まっているし、製造のことは製造部長にはかなわない。だから、それぞれの責任者に意見を求めるべきだ、という意見がある。一応はもっともである。
しかし、これらは、あくまでも日常の活動に関することであって、事業経営に関することではないのだ。
事業経営が、“顧客の創造”である限り、経営計画はあくまでも顧客の要求に対応するための我が社の在り方を示すものである。だから、会社の中の様々な活動状況にもとづいて立てられるものではない。社内の事情とは無関係に、顧客の要求にもとづいて、それをどう満たし、我社を存続させるか、という観点に立って立てられるものなのである。シーアズ・ローバックの例を思い出していただきたい。
社内の事情というものは、我社の目標に対する制約条件であり、目標とのギャップをわれわれに教えてくれるものなのである。だから、社内の事情というのは、経営計画を立てるときに考えるのではなく、実施の時に考えるものだ、という認識を持たなくてはならない。
したがって経営計画は社内の人々の意見や実情などとは無関係に、「わが社の生きるための条件は何か」という一点に絞って立てるものでなければならない。
セキやんコメント: 日々の繰り返し仕事に関心をおき、肝心かなめの経営方向性に向き合わない社長が少なくない。これは、目の前で起こる事象の方が目につきやすいこともあるが、あえて厳しい言い方をすれば、社長自身が向き合うべきテーマから逃げているケースの方が多いと感じる。
「経営の腑」第207号<通算522号>(2017年3月10日)
わが社の未来を築く 一倉定著「新事業・新商品開発」(社長学シリーズ第4巻:1978年刊)より
S社は家庭用品のメーカーである。10年以上にもわたり、S社の売上のトップを占めてきたホームバーセットの売上が、徐々に下降しだした。
S社にとってはドル箱商品であり、必死の売上挽回策をとったが功を奏さなかった。その原因というのは、流通業者が食傷して取扱意欲をなくし、あちらこちらで売場から外されてきたためである。S社では流通業者に対して「こんなに売れるものを、何故売場から外すのか」と説得に努めるが、流通業者の答えは「それは分かっているが、もうそろそろ目先を変えてもらわなければ…」というのであった。
S社では、長年にわたる根強い売上に安心して、本気でモデルチェンジに取り組まなかったのである。といっても、何もしなかったわけではない。試みにいくつかのニューモデルを作ってはみたものの、売上は芳しくなかったので、「強いてニューモデルを出さなくても、今のままでこれだけ売れているのだから…」とそれ以後ニューモデルの開発努力を怠っていたというのが本当である。
理由はどうであれ、売上下降は一大事なのである。
経営者は、強い商品があると、それが永久に売れ続けると思っているわけではないが、まだまだ売れ続けるから大丈夫と思い込むものらしい。
かつて、ニッサンで出していたダットサンがそうである。(中略)
富士重工の「スバル360」も、「日本のフォルクスワーゲンである」という富士重工の技術者的な(中略)
アサヒペンタックスもそうである。その優れた性能に頼り(中略)
優れた商品力を持つ商品ほど、経営者は斜陽化の危険を見過ごしてしまうようだ。
どんな優れた商品でも、斜陽化していくことは避けられない、という社長の認識こそ大切である。この認識の上に立って、我社の将来を考えなければならないのが社長である。
商品が斜陽化していく限り、我社の現在の商品が、我社の将来の収益を保証することはできないのである。
とするならば、我社の将来の収益を得るための商品を、まだ現在の商品の収益力があるうちに開発しておかなければならないのだ。これを怠って、我社の商品が収益力を失ってしまってから、あわてて考えて間に合わない。どんな商品でも、開発には少なくとも3年くらいはかかる。5年、10年かかる商品さえあるのだ。そして、その商品を発売してからでも2~3年かからなければ我社の収益の柱になる売上を確保できないと思うべきである。
だから、社長たるものは、現在の好調に酔うことなく、たえず我社の商品、事業をチェックし、長期的な視野から、どうすべきかを考えていかなければならない。
セキやんコメント: 事業経営の本質は「お客様の要求を満たす」ことである。したがって、社長が常に市場・顧客と向き合いその声を聴いていれば、実は新事業や新商品のヒントは数多で、これに気づけるかどうかだ。まさに「道はちかきにあり、しかるにこれを遠きに求む(孟子)」に陥らないことだ。
「経営の腑」第208号<通算523号>(2017年3月24日)
環境整備とはどういうことなのか 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
たくさんの会社で、清潔整頓が叫ばれている。それにもかかわらず、では清潔整頓とはどういうことかとなると、どうもハッキリしない。そして、実効もまた上がっていないのである。
単に清掃するとか、きれいにするとか、片付けるということではないのである。明確な定義づけと、正しい指導があって初めて実効が上がるのである。
そこで、ここではその定義づけを述べることとする。
環境整備というのは、規律、清潔、整頓、安全、衛生、の5つを対象としていると考えるのがよい。
●規律
辞書を引くと「きまり」「秩序」というように出ている。旧陸軍では「上下等しく法規を恪守し命令必ず行わる。これを軍規振作の実証となす」と定義づけていた。この定義づけを私はいただきたいのである。これを現代風に云い直せば、規律とは、(1)きめられたことを必ず守る (2)指令が必ず行われる ということになる。これこそ組織管理についての根本的要件であることは、説明を要しないだろう。誠に当たり前のことながら、この二つはなかなか実行できないのだ。だからこそ、本書においても「正しい指導」のところで、「社長の決定や指令は守らなくてよい、という教育をしていないか」「方針・指令・規則違反は人前で叱れ」という二節をもうけて強調しているのである。
●清潔
辞書には「よごれのないこと」「きよらかなこと」というように書いてある。これを単に「きれいにすればよい」と考えたのでは不十分である。私の定義づけでは、(1)いらないものを捨てる (2)いるものを捨てない というものである。清掃や拭浄は清潔の一部であって、それだけでは清潔とはいえないのだ。いくらきれいにしても、使わない機械などを残しておいてはダメである。また、小型の部品やメモ用紙を掃き捨ててしまったら、これまたダメである。
いらないものを捨てないのは”便秘”であり、いるものを捨てるのは”下痢”である。便秘と下痢をなくすことは健康の基礎条件である。職場の中から便秘と下痢をなくすことこそ清潔なのである。
職場の中から不要なものは一切取り除き、塵一つないまでに清掃し、窓ガラスは文字通り素通しに、機械はピカピカに磨き上げるのである。
●整頓
辞書には「きちんと片づけること」と出ているが、これでは不十分である。何もかも押入れの中にぶち込んで「ハイ片づきました」では整頓ではない。職場の中でも、「きれいに片づけろ」と部下に要求すると「片づけたら仕事にならない」「忙しいのに片づけなどしていられるか」という反発が起こる。
整頓とは、片づけることではないのだ。それは、(1)物の置き場所と置き方をきめる (2)置場の管理責任者をきめて表示する ということなのである。 私がまだ若かった頃、会社で残業をしていた時に社長が入ってきて「工場を見回るから社長について来い」と云われて、工場の出入口の扉の開閉をやらされたことがある。ある職場の作業台の上に、大型のノギス(精密物差)が放り出してあった。社長は「だらしがない、大切なノギスを」と、ひとり言である。その時に、私は「ハッ」と思った。「ノギスの置場はどこだろう」と。むろん、ノギスは大切なものだから、ちゃんと箱に入れて棚にしまうのだが、その置場は誰がきめるのだろうか、と。改めて職場を見回しても、置場の表示は何一つなかったのである。みんな適当に置いてあるだけだった。
「片づけろ」とか「だらしがない」と叱る前に「どこに置くか」を決めてやらなければ、片づけるほうではどこに片づけたらよいかが分からないのである。だからこそ、置場所を決めることが先決である。
その置場は、仕事に最も便利なところにするのである。そして、どんな置き方をしたら最も仕事に便利かを研究するのだ。奥の方の物を取り出すのに前の方の物を動かしたり、上の物を取り除かなければ下の物が取り出せないとか、崩れやすかったり、傷みやすかったりしないように工夫することである。
置場の表示は、会社として表示板のサイズを二種類か三種類きめて、タテ・ヨコに使い分けるとよい。文字は、会社で字のうまい社員に書かせるか、プロに書いてもらうのがよい。
担当は、新人は道具・工具・部品など、古い社員には冶具・検測具というようにするのがよいだろう。そして管理監督者は建物保全・危険物管理・安全・防火・戸締りなどということになろうか。
担当者は、毎日終業時に自分の分担箇所を点検し、異状があれば上司に報告するのである。
私が製造部門の管理職をやっていた時に、工具の整理ボードを作ったが、終業時には揃っていたのに、翌朝出勤してみると、あれこれが紛失していて困ったことがある。他の職場の人が持っていって使うのだが、戻しておいてくれないのである。あまりひどいので、戸棚にして鍵をかけてしまったら「一倉は冷たい、自分だけよければいいのか」という逆恨みを受けたことがある。「冗談じゃない、使ってもかまわない。ちゃんと戻しておいてくれないから、仕方なくやったのだ」と正当防衛を主張しなければならなかった。
安全・衛生は、規律・清潔・整頓さえできれば自然に実現するから、特に考えなくともよい。
セキやんコメント: 環境整備の対象を絞って、さらに明確にそれらを定義づける。それによって、全社員の共有化が容易となり、モノサシにブレがなくなる。一倉式環境整備に徹して、業績を驚異的に回復した企業も多いが、その土台となる「規律」をまず確立することが先決である。つまり、5S活動では最後の方に位置づけられる「しつけ」こそ優先せよというのが、一倉式なのである。
「経営の腑」第209号<通算524号>(2017年4月7日)
環境整備をどう指導するか 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
まず第一には、社長の決意(いささかオーバーではあるが)こそ大切である。その決意を経営計画書の方針書に明示するのだ。
もしも「日本一にする」というような目標を決めれば、社員の動機づけとして効果は大きい。そのかわり「日本一うるさく」指導しなければならない。スローガン倒れは、会社をダメにするからである。
そして、プロジェクト計画書を作成して推進するのである。必ず分担区域と、それぞれの区域の責任者とメンバーを決める。これは部門ごとに分担するのが普通だろう。
最初にやるのは、職場の中から、今使っていないものをすべて取り除くことである。「将来使うかもしれないから」という理由は通してはいけない。あくまでも現在使っているものに、厳重に限定しなければならない。将来必要になったら、その時に持ち込むのである。この原則を崩すと、中途半端なものになってしまうのである。取り除いたものは、思い切って捨ててしまうのが最高である。「将来いるかも知れない」といって捨てずにおいても、まずは使うことはないし、その時はもっと良いものが出ているから、新しく買った方が得策である。
いらないものを捨ててしまったら、そこで清掃である。天井・壁・窓・床・機械・什器・工具道具類・車両運搬具まで、どこもかしこも塵一つなくピカピカに磨き上げるのである。注脂油を行い、余分の油は拭き取る。屋根から外壁・門柱・塀・溝・スクラップ置場まで徹底するのだ。傷んでいるところは修理し、汚れたり錆びたりしているところは塗り替える。特にトイレは、最も念入りにしなければならないのである。
清掃と並行して、整頓を進めるのは云うまでもない。
整頓で工夫を要するのは「棚」である。棚にきちんと置くのが最も効果的である。多くの工場で見られる棚は、奥行きが深すぎ、中段が少なすぎる。押入れのイメージで棚を作るからだ。これでは、使いにくいだけでなくスペースがムダになる。
棚の基準的な寸法は、奥行き40センチ、中段の間隔40センチである。(中略)
部品箱は、標準品をつくる。縦を40センチ、横30センチにすると、1対√2の関係に近くなる。(中略)
工具類は、整理板に影絵を描いて品名を書いておくと、工具の名前をワザワザ教えなくてもよい。
表示は品名置場だけでなく、通路表示・車両進行方向矢印・速度制限などが必要である。
もう一つ、机の引き出しの中の整頓が大切である。使いにくいのが中央引き出しである。物を入れても、仕切りが無いためにすぐにガサガサになってしまう。(中略)私は、L型の仕切板をワザワザつくった。(中略)
そして最後に大切なのが、安全装置・防護施設・火災予防・防火訓練・戸締りである。これは、管理職に特に強調し、全社的な委員会で推進する必要があるのだ。
社長としては、プロジェクト計画書を作らせるだけでなく、環境整備推進運動として、第一次・第二次など期間を決め、社長自ら中間チェックを行い、最終月には巡視を行って採点し、表彰するとよい。
それだけでなく、毎月定期巡回を絶対に行うべきである。これこそ、社長の決意の現れである。そして、ボーナス査定の最重要項目とする。そのくらい環境整備は、事業経営にとって絶対不可欠のものである。
セキやんコメント: ここでも、社長の率先垂範が重要であると指摘している。どんな場面でも、社員は社長の一挙手一投足をよく観察しているのだ。社員の動機づけに、社長の本気に優るものはない。そして、その結果、業績が向上し処遇改善となれば、ますます社員はやる気になるものだ。
「経営の腑」第210号<通算525号>(2017年4月21日)
個別チェックこそ本当 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
すでに述べたように、方針書の一項目ごとにプロジェクト計画書がつくられ、必要に応じてそのプロジェクト計画書の活動項目毎に、プロジェクト計画書が必要であることを強調しておいた。
そして、定期的チェックが絶対に必要であることも述べておいた。チェックの考え方は「経営計画」篇で述べたので、そちらを参照していただくとして、ここでは、チェックのやり方について大切なことを述べてみよう。
M社は石油販売業者で、超優良会社である。M社長の経営計画とプロジェクト計画の定期チェックは、SS(ガソリンスタンド)マネジャーと、文字通り一対一である。所要時間は2~3時間、ミッチリ行われるのである。
K社は農業の問屋で、農薬業界では考えられないくらいの優れた業績を上げているが、セールスマンが出張する時には、販売担当専務が、セールスマンとマンツーマンでスケジュールと訪問先の一つ一つについて、詳しい指導と打合せをするのである。
優良会社とボロ会社の数々の違いの中でも、チェックの違いはもっとも大きなものの一つである。
本当のところ、「チェックなくして正しい経営なし」である。これは、優れた会社ほど優れたチェックを行っており、ボロ会社はチェックなど本当の意味でやってはいないのである。最も悪いのは、チェックするにもチェックのしようがない、つまり、方針も目標もなく、あるのは思いつきの「叱言(こごと)」だけである。叱言が方針であり指導である、と思い込んでいる社長は数多い。
最も多いのは、一応目標(らしいというべきかも知れないが)があり一応チェックしている、というものである。何でも“一応”であり、適当である。そして、そのチェックは会議で行う。会社全体の“前月実績”が一覧表となって、経理から提出される。この表によるチェックである。十把ひとからげとまではいかないが、こうしたやり方では効果の程は知れたものである。表面的なチェックしかできないし、“断面”的検討になってしまうからだ。
断面を検討するだけでは、本当のところは分からないのだ。時系列的な検討によって、「よくなりつつあるのか、それとも悪くなりつつあるのか」という“傾向”を見ることこそ重要なのである。というのは、実績を云々しても始まらないからだ。本当に大切なのは、「方針が正しいかどうか」のチェックなのである。方針が違っていれば転換しなければならず、方針が正しければ自信をもって方針を貫けばよいからだ。(中略)
傾向を見るためには、時系列的な検討で行わなければならないのであり、そのためには個々の商品、個々の営業所、個々の得意先について、一つひとつチェックしなければ分からないのだ。
「個別チェック」こそ本当である。この節にあげた2つの優良会社のチェックこそ、正に個別チェックなのである。責任者あるいは担当者と、一対一で商品・営業所・得意先の一つ一つを検討して、方針の適否を判定する。これこそ正しいチェックなのである。
利益計画で会社全体のチェックをするというのは、実はチェックというよりは確認である。会社全体でどうなっているかをまずつかみ、方針・指導に誤りや不足があるのかないのかを大きく捉えるのである。そして、「さて、どうするか」ということを見つけだすには、個別チェックでなければならないのである。
だから、利益計画では全体の確認、販売計画で個々にチェック、ということになるのである。
セキやんコメント: 全体は「確認」で、個別に「チェック」で具体策を見いだす、という考え方は非常に重要だ。平時は全体確認だけで済むことも多いが、業績回復などの際は、チェックの実施によって個別に具体策が講じられなければ、経営資源の有効活用は困難だからだ。