「経営の腑」第276号<通算591号>(2019年11月1日)
変動費と固定費 一倉定著「増収増益戦略」(社長学シリーズ第5巻:1979年刊)より
本論に入る前に確認しておきたいのは、会社の数字の最も基本的なものが「売上げから費用を差引いたものが損益」ということである。
この費用は、大きく分けて変動費と固定費の二つになる。すべての費用はこの二つのどちらかに入るのである。
変動費とは、「売上げの増減に比例して増減する費用」である。製造業の場合には原材料費(荷造材料、包装材料などを含む)、購入品、外注費の三つであり、流通業の場合には仕入商品であり、外食業では仕入原材料である。これらの費用は、売り上げが二割増えれば二割増え、一割減れば一割少なく済む、という基本的特性を持っていることに気づかれると思う。大切なことは「売上げの増減に比例して増減する」ということである。このために、比例費という人もいる。
売上げの増減に比例して増減する費用は、実はまだある。しかし、それらのものは金額が小さかったり、分離計算が煩わしかったりするものばかりである。これらのものを、厄介な計算の末に分離して変動費に入れてみても、精密度が増すかも知れないが、実用性が非常に悪くなる。
実用性というものは、なるべく簡単で手数のかからないのが条件である。多少の精密度は落ちても“信頼度”があれば、事態の判断を誤ることはない。そして、信頼度というものは95%の信頼度で十分である。つまり5%以内の誤差であれば差し支えないのである。苦心して面倒くさい計算で変動費を分離してみても、それが変動費の総額に5%以上を占めることは滅多にないのである。だから、物の本に書いてある「変動費と固定費の分解」というような面倒なことは一切止めるべきである。特に社長たるものは、こまかい数字などに関心を示すと、大局的な判断ができなくなる危険があることを知らなければならない。信頼度さえあれば数字は大まかなほどよいのだ。上二桁の数字に信頼度があれば、それは95%の信頼度があるのだ。「僕は数字は上二桁しか見ません」と私に話してくれた社長があったが、これが本当なのである。
固定費とは、「売上げの増減に比例せず、期間に比例して発生する費用」である。変動費以外の一切の費用で、人件費、経費、減価償却費に大別して考えると便利である。
変動費のところで説明した変動費の分類に従えば、これらの中には若干の変動費が含まれることになるが、そんなことは気にかける必要は毛頭ない。それどころか、売上に関係なく必要とする会社の維持費を、やや多めに見積もるということになって、そのエラーが安全サイドに出るという好ましいことなのである。
このことは、損益分岐点の計算をしてみれば一層よく分かる。(事例計算式、省略)
固定費を多めに見積もるということは、社長として大切な心構えであることはいうまでもないが、このような計算をすれば、それが自然にできる。しかも、計算は簡単になるという“一石二鳥”なのである。
それを、時間をかけて煩わしい計算をし、「固定費のバラツキによる分を3%ほど上乗せして考えた方がいい」などという回りくどい方法をとるなど、愚の骨頂なのである。
実務では、あまり理論的に精密度を追うと、かえって不便であることを知ってもらいたい。円周率は「3.1415926535」とやってみても、実務的にはかえって不便なのである。実務では「3.14」でよいのである。
セキやんコメント: 学術的あるいは業界的に「固変分解」を普遍化しようとすると、本来「管理会計」の目的である「わが社のための」という観点が抜け落ちて、実務サイドではなく専門家の議論に終始する。これを打破するには、一倉の「精密度より信頼度(納得度)」の教えが圧倒的な威力を発揮する。
「経営の腑」第277号<通算592号>(2019年11月15日)
繰り返し業務を標準化する 1/3 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
会社の中では、たくさんの人々によってさまざまな仕事が行われている。
それらの仕事の殆んど大部分は“繰り返し仕事”である。繰り返し仕事である限り“法則性”があり、法則性がある限り“標準化”ができるのである。
標準化の考え方は、テーラーの科学的管理法に述べられている“鉄材運びの研究”“シャベル作業の研究”や、ギルブレイスの動作研究における“煉瓦積みの研究”に始まる。
ある仕事を行う場合に、最も良い条件を見つけだして、これを“標準作業法” としてすべての人に適用する、という思想である。
ギルブレイスに云わせると、“唯一最善の方法”となる。決められた条件のもとに行う仕事は「最良の方法は一つしかない」という意味である。
標準化のメリットは、「未熟者に熟練者と同等の仕事を行わせることができる」ところにある。
かつては生産技術者として、また管理職として標準化を推進し、実施したことのある私は、そのメリットを身をもって知らされているのである。
この標準化の思想は、我が国では製造作業についてある程度まで導入されたが、それ以外の繰り返し作業については、殆んどといっていいくらい導入されていない。わずかに「JIS工場」における“社内規格”に、その一部が見られるくらいである。
標準がないと、作業者はそれぞれ自分なりの仕事のやり方をする。そこにあるのは経験による習熟と工夫だけである。
だから、その社員が辞めてしまうと、「せっかく慣れてきたと思ったのに…」ということになってしまう。これの繰り返しであるから、会社の中の仕事というものは、いつまでたっても質的にも量的にも向上しない。
こんなバカらしいことはない。そしてこのようなことは、直接間接にお客様サービスに影響するのである。
標準化の本当の必要性は、単に時間と費用の節約だけではなく、このお客様サービスの向上にある。
標準化は、いったん決めてしまうと、その仕事が続く限りメリットがある。新人に仕事を教える時には、この“標準”を教えればよい。即座に正しい仕事ができ、三日もすれば一人前の仕事ができるのである。
この標準化は、会社の中のすべての繰り返し仕事が対象になるわけだが、すべての作業について標準化をすることは必ずしも必要ではない。
標準化は、「これだけはどうしても標準化しておいた方がよい」という必要性を、社長なり管理職が感じたものだけを、まず標準化する。あとは、お客様の応対で社員のやり方に冷や汗をかいたことや、お客様のクレームが発生した事柄、繰り返し発生するトラブルなどについて、その都度作っていけばよいのである。
そして、それらのものは初めから完璧なものを作ろうとすると、なかなかできない。初めは不完全でいいから、とにかく作る。そして、使いながら完全なものに近づけてゆけばよいのである。
標準は二種類考えられる。一つは、特定の業務の処理を標準化した“規定”に類するものであり、もう一つは、特定の職務にたずさわる人のための“手引”に類するものである。(次号に続く)
セキやんコメント: 業務の処理の標準化は、職務分掌規程のように部門に焦点を合わせるのではなく、“繰り返し仕事”自体に焦点を合わせるのがコツである。仕事自体のやり方だから、どこの部門の誰がやろうとも無関係である。だから、“作業標準”なのである。
「経営の腑」第278号<通算593号>(2019年11月29日)
繰り返し業務を標準化する 2/3 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
N社は鋼製椅子のメーカーであった。高級椅子には物品税がつく。この物品税は毎月税務事務所に申告し、同時に税金を納入しなければならなかった。
ところが、これを忘れたり怠ったりで、いつも税務事務所から叱られていたのである。
これは完全に毎月一回繰り返される仕事である。そこで、これを標準化することにした。
私は、税務事務所に行って、申告の仕方を教わって、これを標準化した。(中略)
この規定を、申告を担当させる女子事務員に示して説明し、申告書を作って見せ、税務事務所に連れて行って納入をやって見せた。そして「来月から、この仕事はあなたの担当だから頼みますよ」と命じた。
翌月の申告は、その女子事務員が一箇所だけ分からないと云ってきた。これを教えてやったら、無事納税を済ますことができた。それ以後は、物品税については何も問題なくなってしまった。
ある日、S社にお伺いした時に、S社の経理課長が「物品税のことで、もう10日も税務事務所から立入調査を受けていて、仕事にならなくて困ります」と、ぼやきを聞かされたことがある。千名規模の会社で、経理部員が十余名、しかも大学卒が揃っていながらこの体たらくである。それは、大学卒が無能なのではなく、処理規定もなく担当もハッキリ決まっていないためなのである。
会社の仕事というものは、一つ一つの作業の集まりであり、一つ一つの作業の処理がうまく行われることが、無用の混乱をなくすための基本条件になるのだ。
伝票の書き方、帳簿のつけ方、報告書の書き方など、まずデスクワークの一つ一つを標準化する。
その次には、電話の応対、発来簡、資料整理などの、一つ一つの活動や仕事についての処理要領、さらには、受付業務、電話交換、検査業務、配送業務、ホテルのメイドではルーム・メイキング、ゴルフ場ではキャディ、カウンターなど、すべての業務の仕事のやり方について、必要性を感じたものから標準化をし、これを“マニュアル”に明文化するのである。
必要性というのは、クレーム、不良品発生、仕事の遅れなど、トラブルが発生して「このまま放置できない」と感じたものと思えばよい。特にトラブルも発生しないものについては、マニュアルは必ずしも必要ではない。
必要性で最も重視しなくてはならないのは、お客様に対するサービスに関することである。これは、小さなことでも絶対に無視してはならないのである。
以上に述べたことで留意しなければならないのは、伝票・帳簿・報告書などの書類については、すべて規定できるが、業務のマニュアルについては、すべてを規定することは不可能である。だから、これらの規定には必ず「ここに規定されていないことでも、常識で判断してやるべきだと思ったことは行わなければならない。また、突発事項やどうしたらよいか分からないことは、必ず直ちに上司に報告して指示を受けること」という一項を入れておかなければならない。(次号に続く)
セキやんコメント: ここで指摘されるように「一つ一つの作業の処理がうまく行われることが、無用の混乱をなくす」という原理原則に忠実に従うことが、日常業務の混乱から解放される唯一の方策だ。だから、日常業務の標準化が、職場の無用な混乱の最良の対処法と心得なければならない。
「経営の腑」第279号<通算594号>(2019年12月13日)
繰り返し業務を標準化する 3/3 一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
管理職の業務の標準化については、末端業務の標準化と違い、判断を要することが多くなってくるので、なまじ標準化などすると、かえって弊害がでる。これは、上級管理職になる程このことがいえる。本当のところ、私は、係長以上になったら業務標準化などしない方がよい、という考え方を持っている。
自らの責任感と常識による判断で仕事ができなければ、管理職としての資格はない、といえるからである。
せいぜい製造部門の主任、課長クラスについて、やらなくてはならない最小限業務についての、箇条書きによる簡単なものがあればよい、と私は思うのである。いうまでもなく、これは業務の一部であって、これ以外の業務については、責任感と常識にもとづく行動と判断こそ大切であることを明記しておかなくてはならないのである。
外部情報の変化に対応し、会社本来の任務であるお客様サービスを行うためには、規定は邪魔なことがあることを忘れてはならない。規定にとらわれず、機を失せず行動を起こさなければならないからである。
そしてその判断は、時によると誤るかもしれないが、これをやたらに責めてはいけないのである。責めると、自ら判断して行動しようとしなくなってしまう。そして、何事も上司の指示を受けようとする。こうなると、本人の成長は期待できないのは無論のこと、重要なのは上司がやたらと忙しくなって、部下の仕事の指示ばかりで、本来の仕事ができなくなってしまう。これが順に上に影響し、社長自身が社内の仕事に振り回されるようになる。こうなったら、会社は終わりである。
だから、誤った判断によって生まれた事態は上でカバーしてやるのだ。
これでこそ、部下は積極的に仕事をし、失敗によって成長してゆくのである。
セキやんコメント: 管理職の主業務は非定型な事象への対応で、予測できない事態に対処する場面が多くなる。予測不能だから、当然ながら事前に決めごとはできないので、自らの考えで適時的確に判断するしかない。だから、失敗の経験を許容する上司の姿勢こそが、管理職登用者の成長を支える拠り所となる。
「経営の腑」第280号<通算595号>(2019年12月27日)
必ず方針を示して“任せる” 一倉定著「新・社長の姿勢」(社長学シリーズ第9巻:1993年刊)より
社長とは、会社の将来に関することに手を打つ人種である。これには社長自ら取り組む。もし自ら取り組めない時には任せるより外はないが、この場合には、「必ず方針を示して任せる」のである。
日本人は“任せる”という時に方針とか条件、希望をいわずに、「無条件で任せる」という傾向がある。
小さなことならいいが、事、会社の将来に関する限り方針を明らかにしないと、社長の意図と食い違った結果が出てしまうことを心得ていなければならない。
S社は、炉材の石粉を製造していた。私がお伺いした時は、新たな発展を目指して新鋭工場を建設したが、それがもう半年も故障続きでうまく稼働せず、一日も早くこの問題を解決しなければならない状況だった。
社長は「一倉さん、あの工場がうまく稼働するように指導してください」という。「冗談じゃない。それは社長の仕事だ」と断ろうとしたが、「まて、とにかく実態をつかんでからにしよう」と思い直して、一人でその工場に行ってみた。社長は用事があってダメだという。
工場長に、社長はいつごろ来られたかを聞いて見ると、何と半年前の開所式の時だけだという。あきれ果てた社長である。
とにかく、工場を見せてもらった。
開所以来機械の故障続きで、やっと何とか動くような状態になったところだという。そこには私の目を疑うような光景があった。
(中略:明らかにアンバランスな設備能力、その後の対応に対する無策ぶり、など)
本社工場の方は、何も問題ないというのに、自分は問題のないところにいて、トラブルで困っている新工場に半年も顔を出さないとは、もう何をかいわんや、である。
その後二回お伺いしたが、二回とも社長は不在だった。
社長不在ではどうしようもない。仕方ないのでお手伝いを辞退した。
「社長は、社員のできないことをやる人だ」と、ある社長が私に語ってくれたが、私もその通りだと信ずるのである。
セキやんコメント: トップが会社の大事に腹を括って向き合うという姿勢があってはじめて、事業経営が可能になる。困難な局面にトップが正面から立ち向かってこそ、その姿勢に社員も心動かされて結束することを忘れてはいけない。これは、抜本的な業績改善をなした会社のトップに共通する姿勢である。