Sekiyan's Notebook グローカルニュース〜経営の腑

セキやん通信「経営の腑」


第286号“社長が外に出ると管理職が育つ 1/3”<通算601号>(2020年3月20日)

第287号“社長が外に出ると管理職が育つ 2/3”<通算602号>(2020年4月3日)

第288号“社長が外に出ると管理職が育つ 3/3”<通算603号>(2020年4月17日)

第289号“市場戦略とは 1/2”<通算604号>(2020年5月1日)

第290号“市場戦略とは 2/2”<通算605号>(2020年5月15日)

「経営の腑」第286号<通算601号>(2020年3月20日)

 社長が外に出ると管理職が育つ 1/3  一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
 社長が問題解決型の仕事から脱出して外に出ると、本当の意味での社長の仕事ができるだけでなく、思わぬ副産物が生まれるのである。
 それは、管理職が育ってくるということである。社長が会社の中にいると、いろいろな問題が社長の耳に入り、管理職が相談や指示を受けにやってくる。これらのことに一つ一つ答えてやり指示を出していたのでは、いつまでたっても管理職は育たない。自分の頭で考えないからだ。
 それどころか、うかつに自分の考えで事を運んで、もしもこれがうまく行かなかった時には、社長から「なぜ社長に相談しなかったのか」と叱られるに決まっている。だから、何事も社長に相談するということになる。いや、「何事も自分で考え処置してはいけない」という教育をしていることになるのだ。
 これでは管理職が育つ筈がないではないか。こういう社長に限って、「うちの管理職はいつまでたっても育たない。何もかも僕のところに相談にくる。いつまでも、おんぶにだっこでは社長はたまったものではない」とボヤくのである。そしてこれを「社長は外に出よというが、管理職が育ってこうしたことが無くならないうちは外に出られない。まずそれからやらなくては…」と、私の勧告が実行できない理由としてあげ、「もう少し待ってください」と、トンチンカンな言い訳をする。社長が外に出ないのは、私に謝るのではなくて、お客様に謝らなければならないことなのだ。我が社のサービスが悪く、お客様にどこでどんなご迷惑をおかけしているか分からないのだ。社長がそれを見つけだして直そうとしないということに通じるからである。
 社長が社内にいると、管理職が育たないもう一つの理由がある。
 会社の中の仕事というものは、95%までは(ここでも95%の原理が生きている)単なる日常の繰り返し仕事にすぎない。そんなことさえ社長がいちいち指図しなければできないとは、いままでいったい何をやっていたのだと云いたい。理由はどうあれ、結果においては怠慢である。
 この怠慢は、社長自身が管理職を信頼せずに、何もかも指図するところにあるのだ。人間は信頼されてこそ、自らの責任としてこの信頼に応えようと努力するものなのだ。
 何もかも社長の指図を受けなくてはならないような、名前だけの管理職にされていて、誰が一所懸命に管理職の責任を果たそうとするか。
 だいたいにおいて、社長の管理職に対する要望や期待が高すぎる。そして、怠慢社長程この傾向が強い。社長自身の持っている物差しが大きすぎるのだ。この物差しで計るものだから、合格点をとれる管理職など滅多にいるものではない。そこで、「うちの管理職はダメだ、だから仕方なく社長がやらなければならない」と思い込んでいるのだ。(次号へ続く)

セキやんコメント:   管理職を信頼しない社長が、一方では管理職に対する期待が大きい、と一倉は指摘する。社長も人の子だから、ある意味では、こうした気持ちも分からないではない。しかし、こうした自分本位の社長が、管理職に対しては完璧を求めるのだから、これは矛盾以外の何物でもないことを気づくべきだ。

「経営の腑」第287号<通算602号>(2020年4月3日)

 社長が外に出ると管理職が育つ 2/3  一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
 (前号より続く)こうして問題解決型社長にのめり込んで行くわけだが、その社長が管理職と比較して決して立派にやっているとはいえないのだ。
 それどころか、実務のことを細かく知っている社長など数少ない。私が第三者として見る場合に、管理職より優れているとはいえない。それどころか、仕事の実態を知らないが故の、“トンチンカンな指令”が非常に多いのである。この、トンチンカンな指令は、社長の指令なるが故に、管理職としては強い反対もできず、「社長がいうのだから…」ということでそのまま通ってしまう、管理職の誤った指令よりも始末が悪いのである。
 社長がいかに問題を解決しようと奮闘してみても、問題は一向に減らないのだ。減るわけがないのである。
 問題というものは、後から後から起こるだけではない。問題というものは、いったん解決したからといって再び起こらないのではなくて、同じ問題が後から後から起こるものなのである。まさに“賽の河原の石積み”なのである。
 大切なことは、問題を解決することではなくて、問題が起こらないようにすることである。そして、どこの社長も、問題を未然に防ぐ方法を知らない。それどころではない、マネジメントの理論そのものが問題を起こすような主張なのである。
 では、どうしたらよいかということになるが、本書の狙いの最も重要な一つがここにあるのだ。それについては順を追って述べていくとして、話を本題に戻そう。
 とにかく、社長は管理職に対する要望の物差しを小さくして、もっと管理職を信頼すべきである。信頼されてこそ管理職もやる気を起こすのである。
 信頼するということは、「任せて何も云わない」ことではなくて、管理職を信頼した上で「社長方針の理解と実践」を要求し、これができない場合には、できるまで要求し続けることであって、「自ら乗り出してやってしまう」ことではないのである。
 社長が自ら乗り出してやってしまう限り、管理職は育たないのである。
 社長がいくら社内にいて頑張ってみても、問題は永久に解決しないし、管理職も育たないのだから、社長は社内にいなくとも同じなのだと思って外に出るべきである。
 ところが、これが同じではないのだ。社長が外に出ると管理職が育ち、管理職が問題の大部分を解決してくれるようになっていくのである。その理由は二つある。
 その一つは、社長がいないために自分で考えて解決しなくてはならないからだ。人は、自分の頭で考えない限り成長はあり得ないことを知らなければならない。
 社長が会社にいる時は、自分の頭で考えなくともよい。何か問題があれば社長に相談すればいいから気が楽である。そこに気のゆるみが生まれるのである。(次号へ続く)

セキやんコメント:   ここで一倉が言いたかったのは、「自分にきびしく、他人にやさしく」が経営者の心得の原点だということだ。現下の実態は、一部の経営者を除いて、この逆が多いのが、歯がゆいばかりだ。

「経営の腑」第288号<通算603号>(2020年4月17日)

 社長が外に出ると管理職が育つ 3/3  一倉定著「内部体勢の確立」(社長学シリーズ第6巻:1982年刊)より
 (前号より続く)社長が会社にいる時は、管理職は自分の頭で考えなくともよい→気のゆるみが生まれる。
 私自身がこれを思い知らされたことがある。私は旧陸軍の中尉で、自動車隊の小隊長として、3年間支那(当時の呼び方)大陸で過ごした。駐屯地で中隊長の下にいる時は気楽である。夜中に敵襲があっても守備の責任は守備隊にあって自動車隊にはない。そのうえ中隊長が自分の上にいる。敵襲など知らずに白河夜船ということが何回もあった。
 その同じ私が、独立小隊長として中隊長の許を離れている時には、どんなに疲れても、夜中に遠くでかすかに「ポーン」と銃声がすると、「パッ」と目が覚めるのである。私はこの時初めて最高責任者としての立場が分かったような気がしたのである。しかも、その責任者としての意識は中隊長の許にいる時と変わっているとは、自分では全く感じていなかったのである。
 つまり、同じ人間でも、立場が違うと責任感が全く違ってしまうということである。
 会社とて同じである。社長が会社にいる時は、管理職は気が楽である。社長から時々叱られることさえ我慢すればそれで済む。
 社長がいないとそうはいかない。それぞれの管理職は責任が格段に重くなる。「社長の留守に問題や事故を起こしてはならない」と自然に感ずるようになる。これは“立場”がそうさせるのだ。
 それは、部分的ではあるにしろ、社長の立場に立って行動している、ということである。
 これこそ、社長が常に管理職に期待していることだ。
 社長が外に出ることによって、社長の期待が自然に実現するのである。社長が社内にいてはどうしても実現することができないことが、である。
 もう一つは、管理職の“かなえの軽重”が問われるからである。
 社長が社内にいなくなったために、問題が多くなったり、それを解決できなかったりしたら、「なんだ、社長が上に居たからできたので、自分では何もできないではないか。“虎の威を借る狐”にしかすぎないのだ」という批判を、何度も部下からも受けることになる。これは、管理職として絶対に耐えられない大恥辱である。
 社長がいなくても立派に仕事ができる、ということを実地に証明しなければならないのだ。そのために心構えが全く違ってしまうのである。
 この二つの理由によって、管理職は社長がいる時よりも遥かに緊張して仕事をしてくれる。
 これが管理職を成長させるのだ。社長の悲願の一つである管理職の成長は、社長が会社にいないことによって大きく促進されるのである。
 管理職がいつまでも成長しないから社長は外に出られないのではなくて、社長が社内に居るから管理職が成長しないのだ。管理職の成長を阻害しているのは、“穴熊社長”その人なのである。
 「社長が社内に居て指導していてもダメなのだから、社長は外に出たらどんなことになるか分かったものではない。とても外へなど出られない」と考えるのは、全くの的外れなのである。
 管理職を育てたかったなら、社長は社内に居てはいけないのである。
 社長が外に出れば、お客様の要求を知ることができると同時に管理職が育つ。“一石二鳥”である。

セキやんコメント:   自らの小隊長経験で「立場が責任感を作る」ことを、人間学から「かなえの軽重」心理を、それぞれ主張する。この実学と人間学の2つが一倉社長学の2本柱である。

「経営の腑」第289号<通算604号>(2020年5月1日)

 市場戦略とは 1/2  一倉定著「販売戦略・市場戦略」(社長学シリーズ第3巻:1977年刊)より
 事業とは、市場に対する経済的活動である。市場には、顧客と競争相手がおり、顧客−競争相手−我社という三角関係が成り立っている。
 我社が生き残るためには、競争相手に打ち勝たなければならない。
 この明々白々な現実に対する認識が浅すぎる。それは、その勝敗が決定的な形を取らない(実は勝負はついているのであるが、倒産にまで至らないうちは実感として受け止められないからである)場合が多いからである。
 そのために、競争相手に対して我社はどのような戦略をとるか、についての策は極めて貧弱である。それは、せいぜい顧客に対する入札や商談の段階という末端での価格競争くらいのものである。
 この戦いも重要でないとはいわないが、これによって敵を徹底的に叩くことなどできるわけがない。敵を徹底的に叩くにはどう戦うべきか、という戦略こそ、事業構造と並んでの根本問題なのである。
 そんなものはなくても今まで立派にやってきたし、今も立派にやっているではないか、という反論もあろう。たしかにそれも一理ある。しかしそれは戦後の高度成長の時代の話である。
 高度成長期には、市場それ自体が急成長したために、戦略などなくとも成長は可能だったのである。
 既に高度成長の時代は終わり、安定成長というよりは低成長(これは筆者の意見)時代である。このような時代に、市場戦略を持たずに生き残れることは極めて難しくなっている。
 論より証拠、苦境にあえぐ会社を見ると、高度成長時代そのままの考え方を持ち続けているのである。
 低成長時代とはいえ依然として上昇し続ける人件費と経費を賄って、なお利益をあげて存続するためには、成長あるのみである。
 その成長は、市場が成長しない限り市場占有率の上昇による以外に達成の道はないのだ。この市場占有率を上昇させるための戦略が、市場戦略なのである。「市場戦略とは市場占有率を上昇させる活動であると見つけたり」である。(次号へ続く)

セキやんコメント:   いわゆる右肩上がりの時代は、同業者と足並みをそろえて行っても、それなりに成長できた。しかし、市場規模が変わらない(もしくは縮小する)時代は、他業者からシェアを奪い取るしかないし、一方の市場・顧客もその商品サービス品質の良いものに傾斜するから、世の中はうまくできている。

「経営の腑」第290号<通算605号>(2020年5月15日)

 市場戦略とは 2/2  一倉定著「販売戦略・市場戦略」(社長学シリーズ第3巻:1977年刊)より
 (前号より続く)古来の兵法に、「戦略とは敵を見ずして敵を制する」とうたわれている。敵を見ずして敵を制するための原理原則を知り、これを活用してこそ、初めて勝利を収めることができるのである。その原理とは何であろうか。
 その原理は極めて簡単である。「強いものが勝つ」ということである。市場戦略においても、まさにその通りである。文字通り、「力と力のねじり合い」という生存競争の冷厳な原理に外ならないのである。
 この平凡な原理が、恐ろしいくらいに理解されていないのである。如何に多くの企業が自らの力も顧みず、いたずらに戦線を拡大して敗退しているか、全く目に余るものがあるのである。
 敗退原因は、戦線のそれぞれの部分で敵より弱かったからである。力と力の戦いならば小企業には勝ち目がないのではないか、という疑問があると思うが、力とは単なる企業の大きさだけではない。
 力には量的なものと質的なものがある。この二つが合成されたものが総合力である。たとえ量的な力が劣っても、実際の戦闘における作戦力、指揮力、機動力などの用兵の妙によって敵を制することは可能なのである。
 勝敗というものは戦場で決せられるものであって、如何なる大兵力といえども戦闘に間に合わなかったならば、無いに等しいことを知らなければならないのである。
 桶狭間の戦いで、織田信長が勝ったのは、「寡よく衆を制した」というのは当たらないのであって、「今川義元の本陣において織田軍が強かった」からである。義元の大軍は、この戦闘に参加しなかったから、無いのと同じことだったのである。
 これを「局地戦の原理」といい、局地戦において敵より強ければ、その戦いに勝てる。これこそ、弱者が強者に勝つ方途であり、市場における占有率争いは、この局地戦である。「一つ一つの戦いに勝つ」という各個撃破戦こそ、市場戦略の真髄なのである。つまり、市場戦略とはテリトリー(地域)戦略である。
 一つ一つのテリトリーで、「如何に戦い、如何に勝つか」の戦略を社長自ら考え、自ら決定し、果敢に推進するのである。こうして市場占有率の高いテリトリーを一つ一つ増加してゆくのである。

セキやんコメント:   右肩上がりの時代には、全体需要の拡大が事業存続の絶対要素で、余計なことをしない方が安定的に事業継続できた。現下の経営者の右往左往は、事業経営が存在しなかったそうした時代にどっぷり漬かったツケだ。古来より、環境への順応力が継続の条件であることを今一度思い出されたい。

「経営の腑」最新号へ戻る



目次へ