「経営の腑」第301号<通算616号>(2020年9月18日)
計画とは何か 一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
「計画はマネジメントの基本である」「計画性がないからダメだ」……など、われわれは、あけても暮れても計画ということばを耳にし、口にさけび、本で読まされている。
なるほど、計画のたいせつなことはわかった。われわれも計画をたてましょう、ということになる。……
では、いったい計画とは何か、どういうことが計画なのか、ということになると、明快な定義をくだす人は意外に少ない。あまりにも身近なことばすぎて、かえってわからないのである。
意味もわからずにふり回しているのであるから、おかしな話である。計画とはどういうことであるかがわからずに、計画をたてることはできないはずである。
そこで、まず、われわれは計画の定義づけからはいる必要がある。
計画とは、『将来に関する現在の決定』(ドラッカー)である。
くだいていえば、「将来のことを、あらかじめきめること」である。
いってしまえば「コロンブスの卵」みたいなもので、なんとあたりまえのことではないか。
しかし、この定義には、よく考えてみると意味深長なものがあり、その意味を理解することにより、計画に対するわれわれの態度がハッキリときまるのである。
それは、「あらかじめきめてしまう」のであるから、当然のこととして「そのとおり実施する」という考え方が導きだされてくるのである。このことをシッカリと認識していないと、マネジメントは混乱するばかりである。事実、このことを認識していないための混乱を筆者はイヤというほど見せつけられているのである。
「予定は未定にして決定にあらず」とか、「計画はしばしば変更することあり」というようなことは、皮肉としては通用しても、正しい態度ではないのである。
このような態度は、本質的には「予想」である。(中略)「こんどの日本ダービーは……」という類である。
予想は、第三者が他人のやることを予め想うのであるから、当たろうがはずれようが、そのとおりいかなくとも、結果に対して責任を持つ必要はない。しかし、計画にはそんな無責任な態度は許されない。あくまでも「そのとおりやる」という責任がある。この責任感が計画のまず第一の要件である。
つぎに、「そのとおり実施する」のであるから、計画以上でも、以下でもいけない。計画より早くても遅くてもいけないのである。どこまでも、“計画どおり”というのが正しい態度なのだ。「東京オリンピックは1964年10月10日から開始する」と、将来のことをあらかじめ、きめてしまうのである。
だから、「何がなんでも、決められた日から開始する」ために、がむしゃらな努力がはらわれ、突貫工事が進められたのである。
準備が遅れているからといって、開催期日を遅らせることもできなければ、準備が早くできたからといって、開催期日を早めることもできないのである。計画には、この厳しい態度が絶対に必要なのである。(中略)
格別の努力をしなくても実現できるような、低い水準の計画を立てて、これを突破したからといって自慢するのはおかしい。高い水準の計画を立てて、そのとおり実現させることこそ、真の誇りなのである。死に物狂いの努力をしなければ「そのとおりやる」ことができないような計画こそ、ほんとうの計画なのである。
セキやんコメント: 「事業経営は、春の野のピクニックではない。カエサルのルビコン川の渡河の決断のように、常に決断を迫られる戦争である」という一倉の主張がある。つまり、経営においては、文字通り生死を分かつような、常に命がけで真剣勝負として取り組むべきだという教えである。
「経営の腑」第302号<通算617号>(2020年10月2日)
“これだけ主義”と“できるだけ主義” 一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
できるだけ増産する、できるだけ原価を下げる、できるだけよい品質のものをつくる、という考え方を“できるだけ主義”という。
最大限の努力をはらうということが、“できるだけ”という表現になるのであるから、気持ちとしてはまことに結構である。しかし、困ることがある。それは、“できるだけ”というのはどれだけなのか、だれもわからない。一つやっても、三つやってもできるだけやった結果だといえばそれまでである。
「大至急やる」というのは、“できるだけ” 主義である。しかし、大至急というのは、いつまでにやれば大至急なのか、だれにもわからないのである。
このように、できるだけ主義には基準がなく、したがって評価のしようがない。客観的評価をおそれる臆病者の旗印としては、これほどいいものはない。見かけはすごく立派だからだ。無責任居士の、その場のがれのセリフとしては、もってこいである。「できるだけやってみます」というのは、いかにも責任をもって仕事をするように聞こえるからである。
その結果うまくいかなくても、「できるだけやったけれど……」で事がすむ。
計画は“できるだけ主義”ではいけない。「いつまでに完成する」「これだけ安くする」というように、“これだけ主義”でなければならないのだ。事前の目標を明示して背水の陣をしき、何がなんでもそれを実現する、という決意と責任をもつことなのだ。
目標がはっきりしているから、実績と比較されて、その成果がハッキリと評価される。“これだけ主義”には勇気がいる。“これだけ主義”こそ、責任あるものの態度なのである。
セキやんコメント: 一倉の主張に最大限利益と最小限利益という言い回しがある。最大限利益とは、“できるだけ主義”同様、空理空論をもとに空想した利益である。一方、最小限利益とは、“これだけ主義”のように、これだけの利益がなければ当社は生きていけない、背水の陣で対応すべき必須の利益のことだ。
「経営の腑」第303号<通算618号>(2020年10月16日)
計画の基礎の第一は“生きるため” 一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
世にいわれている“計画に具備すべき条件”とかいうのがある。いわく
○実現可能なものでなければならない ○事実に立脚したものでなくてはならない ○ムリとムダがあってはならない ○科学的なものでなくてはならない ○納得のいくものでなくてはならない などである。
このような考え方が、ほとんど、なんの疑いももたれず、反論もなく受け入れられているのは不思議な現象である。同時に、おそるべき現象である。
筆者にいわせれば、全部ウソである。全部まちがいである。いや、ウソやまちがいで事がすむのなら、まだ救われる。それは、われわれの魂をむしばむ麻薬であり、会社を毒する考え方なのである。
これらのことばのもつ、もっともらしさは、文字どおりわれわれの心を快く酔わせ、さらに、これを信奉することによって、当然しなければならない努力を、しなくてもすませることができるのであるから、なまけ者にはありがたい。責任のがれの“かくれ蓑”なのだから、一度使ってその味を知ったら、もはや絶対に手放せなくなる。麻薬でなくてなんであろうか。なぜこれらが麻薬であり、かくれ蓑にされるのか、これから、それを説明しよう。
いったい、“実現可能なもの”とか、“ムリでないもの”というようなことは、何を根拠にしているのであろうか。……それは“過去の実績”である。それほど、過去の実績は間然するところがないくらいりっぱであり、絶対の正しいのであろうか。
過去の実績は、“不手ぎわと失敗の積み重ね”であり、過去の理論は、“いままでにわかったほんのわずかな事がら”にしかすぎないのである。
このようなものを根拠にした、実現可能なムリのない計画というものが、もっともらしさだけで、そのじつ、いかに権威のないものであるか、思い半ばにすぎるものがある。
いま、かりに、過去の実績がりっぱなものであるとして、それをもとにして、実現可能なムリのない計画をたてるならば、新しい何ものもつけ加えなくとも、計画は実現されることは初めからわかっている。それで、「計画どおりできた」と満足してよいのだろうか。
過去の実績をもとにしていたら、そこには進歩もなければ、革新も生まれないのである。
進歩や革新は過去の実績をのりこえ、過去の理論を否定するところに生まれるのである。
すぐれた計画は、こうした過去の実績や事実とは本質的に無関係である。例をあげて説明しよう。
世界の名機“零戦”を設計したときのことを考えてみよう。(中略)
このように、計画とは“生きるため”のものであるかぎり、それは、
○実現不可能にみえ ○事実に立脚せず ○ムリがあり ○非科学的なものであり ○納得がいかない
ものなのである。計画とは、過去の実績からみたら納得のいかないもの、と納得しなければならないものである。(以後略)
セキやんコメント: 家計でいえば「家計費」、企業でいえば「固定費」が、一倉のいう「生きるための条件」であり、家計の「貯蓄」企業の「利益」が、次号テーマの一倉のいう「トップの意志」である。すなわち、この2つの要素「生きる条件」と「トップの意志」の和が、一倉式計画策定のベース「手に入れたい結果」なのである。
「経営の腑」第304号<通算619号>(2020年10月30日)
計画の基礎の第二は“トップの意志” 一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
東海道新幹線の計画をみよう。
東京−大阪間を3時間(平均時速170km、最高時速200km)で走らせるというのだ。従来は、最も速い”こだま”が平均時速86km、6時間あまりである。いかに飛躍的なスピードであるかは多言を要しないであろう。
それだけではない。高速列車の国際水準の最高が、フランスの国鉄、LE MISTRAL号の平均時速132.1km、最高時速160kmに比較しても、いかに画期的なものであるかがわかるのである。
まだある。全長518kmを5年という前代未聞の短工期で完成させようというのである。
いったい、どこに事実に立脚したものがあるか。ムリと矛盾とムチャの集積である。
その、ムリと矛盾とムチャを立派に実現してしまったのである。そして、「後進国アメリカは、先進国日本の業績を見習うべきである」とアメリカ人自身にいわしめたのである。
もしも、過去の事実と実績を積み上げて、科学的な検討を加えたとしたなら、おそらくは5時間をきるのが精いっぱいであったろう。(中略)
それを、” トップの意志”で”トップの責任”において3時間をうちだしたのである。
こうして、トップの意志と責任が明瞭に示されると、あとはどうしたらこれを実現できるか、ということになる。
そのためには、コースはどうするか、平均時速はいくらにするか、それに耐えられるにはレールの幅をどうするか、カーブや勾配はいくらにすべきか、機関車による一括駆動か電車方式による分散駆動か、その他運行上のコントロールと危険予防など、もろもろの問題を解決しなければならなくなる。
これらの事がらを解決するためには、もはや従来の経験にたよっていては、できない相談である。まったく新しい考え方に立脚しなければならないのである。
こうして、従来の常識を破った新機軸が、いくつも生み出されてきたのである。これによって、わが国の科学技術の進歩をどれだけ早めたか、はかりしれないものがある。
たとえば、ATC(自動列車制御装置)、CTC(列車集中制御装置)の開発は、・・・(中略)
それらの技術革新の原動力となっているのは、”トップの意志”なのである。
“トップの意志”のないところに、いったい何が生まれるというのか、答えは零である。
今一つ例をあげよう。アメリカの”月世界有人飛行計画”である。(中略)
“トップの夢”こそ、革新の推進力なのである。
“トップの意志”、”トップの夢”に期限をつけて、未知のものに取り組んでいるのだ。期限をきって、それまでに何がなんでも達成しようというのだ。計画とはこういうものなのだ。
経営でも全く同じことがいえる。松下電器に例をとってみよう。(以下、ソニー・東レ・川鉄などの例、省略)
すぐれた業績ほど、それが計画され決意されたときは不可能視されているのである。「過去の実績」という尺度では計れないような計画でなければ、革新は生まれないのだ。“実現可能なもの”というようなマネジメントの決まり文句など、これらの業績の前には三文の値打ちもないのである。
セキやんコメント: この段階で一倉が強調しているのは計画への“トップの意志”の重要性であり、過去実績に対する従属への警鐘であり、事実の否定ではない。その証拠に、一倉が後年たどり着くのは、事業経営の必須要素として「事実確認」、すなわち「顧客の要求という事実」を最重要視すべきという境地である。
「経営の腑」第305号<通算620号>(2020年11月13日)
不可能を可能なものに変質させるもの 一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
前号までにあげたいくつかの例にみられるように、現実はきびしいのだ。きびしい現実に対処し、会社を発展させるものは、経営者(部門経営者も含む。以下、部門経営者を部門担当者ということにする)の不退転の決意と行動である。
会社の目標や方針は、つねに“こうしなければ生きられない”という、死にものぐるいのものであり、そこには“実現可能なもの”とか“ムリでないもの”、“科学的なもの”というような、きれい事の観念論は通用しないのだ。ムリであろうとなかろうと、やりぬかなければ生きられないのだ。シャニムニやりぬくより仕方がないのだ。
われわれは“実現可能なもの”を実現させるのではない。こんなことは、だれにもできる。こんなことをするのなら、経営者も経営担当者もいらない。
会社が“生きぬくため”には、不可能なものを可能なものに変質させること以外にないのである。これをやり遂げるために、経営者が必要であり、経営担当者や専門技術者の存在価値があるのだ。
世にいう“計画に具備すべき条件”なるものを後生大事に守っていたら、会社をつぶしてしまう。
「できもしない計画をたてても仕方がない」とか、「実施がうまくいかなかったのは、計画にムリがあったからだ」と、自分の怠慢をタナにあげて、罪を計画になすりつけることを教える“権威者”があまりにも多すぎる。
不可能だ、ムリだ、と思いこんだ瞬間から、人間は努力しなくなる。できないことは、やってもムダだからだ。そして、これが努力不足をカバーし、責任をのがれる口実として利用される。これで自己保身ができるのであるから、怠けものにとっては、こんなありがたいことはないのだ。
こうなったら、会社はいったいどうなるというのだ。これは、まったくおそろしいことだ。このようなおそろしい結果をまねくような考え方が、正しい考え方として広く教育され、大手をふってまかり通っているのが現在のすがたなのだ。筆者が、「魂をむしばむ麻薬であり、会社を毒する考え方である」といったことは、いいすぎであろうか。
宇宙ロケットで有名な、東大の糸川英夫教授が、昭和39年8月5日の読売新聞の夕刊に「ロケット限界説」という一文を乗せている。その一部を紹介しよう。(この項、省略)
糸川教授は、しつようにくり返される限界説に業をにやしておられるのか、痛烈な論調である。限界説には一理も二理もあることであろう。しかし、その一理も二理もある常識論を、つぎからつぎに破ってゆく糸川教授とそのグループの姿こそ、不可能を可能なものに変質させてゆく典型の一つであろう。
「科学研究の限界をきめることのできるのは科学者自体である」という茅前東大学長のことばは、その一部をかえて、「仕事の限界をきめることのできるものは、経営者(あるいは経営担当者、あるいは当事者)自体である」ということができよう。
不可能を可能なものに変質させるのが人間であると同時に、可能なものを不可能なものに変質させてしまうのも人間である。
セキやんコメント: 計画段階で良くあるのは「こんな目標、とうてい達成するのは無理だ!」という議論である。競馬の予想屋じゃあるまいし、企業目標というのは予想が当たるかどうかが問題ではなく、生きるために達成しなければならないもので、まさに「これを実現しなければ生きられない」という覚悟そのものだ。