Sekiyan's Notebook グローカルニュース〜経営の腑

セキやん通信「経営の腑」


第371号“付加価値増加の方策”<通算686号>(2023年5月26日)

第372号“業績測定から目標設定へ”<通算687号>(2023年6月9日)

第373号“むすび(労務管理の基礎は賃金)”<通算688号>(2023年6月23日)

第374号“「事業経営の本質」と『Sフレーム』<第1回>はじめに”<通算689号>(2023年7月7日)

第375号“「事業経営の本質」と『Sフレーム』<第2回>第1章 経営の本質「事業経営の定義〜目指すはわが社の解」”<通算690号>(2023年7月21日)

「経営の腑」第371号<通算686号>(2023年5月26日)

 付加価値増加の方策  一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
 ラッカー・プランのもとでは、もはや分配についての争いはなく、労使ともに一意専心、付加価値の増大につとめればよい。ではどうしたら付加価値を増すことができるか。それは、付加価値の計算式が教えてくれる。
  売上げ−比例費=付加価値
 引き算であるから、引かれるもの(売上げ)を大きく、引くもの(比例費)を小さくすればよい。つまり、
 1.売上げを大きくするには
  売上げは、[単価]×[数量]であるから、高く売ることが第一、そのためには品質の向上であり、慎重な価格交渉である。数量を大きくするには能率をあげることである。そのためには、新鋭設備の導入、作業改善、稼働率向上などである。
 2.比例費を少なくするには
  まず、比例費率の小さなもの、つまり付加価値率の大きな商品の開発または受注であり、つぎに材料を安く買う、材料の歩留まりを向上させる、廃材の利用などである。
 このようにすれば、付加価値は大きくなる。その付加価値に対する一定率が賃金であるから、賃金の総額が決まってくる。
 総額が決まってくるから、「うまいものは少人数で食え」というわけで、少数精鋭主義が生まれ、なるべく短時間の仕事で多くの付加価値をあげようとするから、作業密度が高くなって残業が減る。創意工夫は従業員が自発的に行う。提案制度などなくてもいい。
 従業員が、以上のようなことをみずからの意志で行うようになるのだ。それが、“自分のためになる”ということを認識しているからである。いままでの、いかなる奨励金制度でも、それは、単に売上げを増加したとか、生産量を増したとかを対象としたものである。しかも、販売員とか、工員とかのみの成績だけの評価にすぎない。
 いい仕事をみつけてきた、材料を安く買った、歩留まりを向上した、というような功績が賃金にはね返ってこないのである。生産量を上げさえすれば奨励金がつく、となると、材料はムダに使い、工具や消耗品をやたらに使う。これでは、なんにもならないので、材料の統制をしようとすると、こんどは管理の手間がたいへんであるというのが、従来のやり方である。
 従来の報奨金の算定方式にしたところで、その基準に真に従業員を納得させるものはないといっていい。
 というように、支離滅裂なのが従来の報奨金である。だから、いつも問題がおこり、効果はそれほど上がらないのである。
 ラッカー・プランなら、そうした問題はいっさいおこらず、従業員全員の活動の一つ一つが賃金にはね返り、これが会社の業績をあげていく。だから、従業員がハッスルするのである。くり返していうが、人は自分のために働いているのだ。

セキやんコメント:  付加価値に対する人件費の割合を労働分配率という。知恵のある経営者は、この労働分配率目標を定めて、従業員のモチベーションを向上させる。分配率が決まっているのだから、従業員は付加価値自体を増やそうとする。付加価値が増えれば還元される金額自体が多くなるから、当然である。

「経営の腑」第372号<通算687号>(2023年6月9日)

 業績測定から目標設定へ  一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
 ラッカー・プランは、たんにすばらしい賃金制度であるだけではない。じつは、経営的に大きな役割を果たしているのである。
 同じく、ラッカー・プランを導入しているT製作所を例にとろう…
 同製作所は、ラッカー・プランを導入したとたんに生産が上がりだし、2カ月目から従来の毎日2時間残業を1時間残業にすることができた。残業を減らしても、付加価値さえ上がればいいのであるから、従業員は喜んで協力した。そして6カ月後のボーナスは、従来の1カ月が1カ月半となったのである。そして、つぎの期は2カ月分のボーナスを目標にしているのである。工場内に空気はガラリと変わり、明朗な職場となって、欠勤が目に見えて減ってきているのである。
 同社の専務はつぎのように語っている。
 「ラッカー・プランの直接の効果とは別に、毎月会社の業績が手早く、しかも確実につかめるので、安心して経営ができる。以前は忙しさにまぎれて、毎月の業績をみることはなかなかできなかったし、みようとしてもすぐにデータがでなかったのである。気がついてみたら大きな穴があいていた、という苦い経験があるので、なおのことラッカー・プランのありがたさが身にしみて感じられる」というのである。
 同社では、月々奨励金を出しているので、業績が上がらないと生産奨励金が少なくなるので、すぐ「原因は何か」を検討する習慣が自然に身についてしまったのである。専務は、当面の目標であるボーナス2カ月分を達成するという意味だけでなく、将来の飛躍にそなえて新鋭機の計画的導入を検討しているのである。そして新しく、もう一歩高水準の技術と精度を要する仕事に取り組むというのである。
 K製作所といい、T製作所といい、従来は業績の評価を毎月することなど思いもおよばず、売上げがただ一つの業績の尺度だったのである。それを、いまは損益分岐点の付加価値はいくらかをハッキリと知っており、月々これと比較することが可能になったのである。
 業績がハッキリとし、しかもこれが上昇線をたどっていることが分かると、意欲がわいてくるのである。
 いままでは、「こうなればいいがなぁ」程度のことしか考えられなかったのが、こんどはちがう。具体的な目標をハッキリときめて、経営にあたることになってきたのである。K製作所は年商1億円を目標とし、T製作所はボーナス2カ月分である。
 「目標なくして経営なし」とは前にも述べた。しかし、小企業のばあいには、いうべくして、じっさいには具体的な目標はなかなかたてられないものであり、たてても空念仏に終わることが多いのである。これが成長できない原因でもあるのだ。
 ところが、ラッカー・プランを導入し、これが軌道にのってくると、意欲がわいて目標を設定するようになる。しかも、具体的にきめることができるし、従業員が絶対に協力するのである。
 会社というものは、何かのキッカケで業績が向上しだすと、打つ手がつぎからつぎへと好結果を生むという好循環がはじまるものである。このキッカケをつかむのに、ラッカー・プランは最もすぐれたものの一つである。

セキやんコメント:  奨励金制度の功罪は置くとして、筆者の経験上、従業員が経営を我がことにするには、まずは自分の処遇向上であるのは論をまたない。自らの手で付加価値を創出・向上させない限りは、処遇改善の原資が出てこない中小企業の宿命なのだ。ここをしっかり押さえないと中小企業経営は語れない。

「経営の腑」第373号<通算688号>(2023年6月23日)

 むすび(労務管理の基礎は賃金)  一倉定著「マネジメントへの挑戦 復刻版」(原本:1965年刊)より
 ラッカー・プランの最大の強みは深く人間性に根ざしていることである。人間の労働を賃金というような、原価要素の一つとして考えてきた従来の賃金論とは根本的にちがうのである。
 創始者であるラッカーのことばに、このことが端的に表現されている。それは、
 「報酬というものは、人間関係の道徳的・倫理的法則から経済的裏づけがなされなければならない。すなわち、人間は自分たちの共同努力の成果に比例して報酬を保証してくれる一貫性のある持続的刺激を持たなければならない」
 というのである。これこそ、人間管理の基本である。経済的基盤を無視した人間関係論はむなしい。
 わが国でも、このすぐれた賃金制度がしだいに広まってきている。企業の規模の大小、業種業態を問わず、給与制度のいかんを問わず、たいていの会社には導入することができる。
 わが国の中小企業にはムリである、という意見も一理はある。けれども、筆者は自分の経験や同志の体験談などから、中小企業でもりっぱに導入できるという確信を持っている。
 会社の規模の大小や業種業態よりも、決定的な要因となるものは、経営者の誠意と決意である。つぎには、導入にあたっての周到な準備である。これらさえあれば、だいじょうぶである。
 企業は人であり、働く人々の意志である。人間尊重を基本理念とし、働く人々の働く目的を達してやるために、ラッカー・プランは大きな力を発揮する。
 ラッカー・プランのもとに、労使一体となって生産性向上に励むことこそ、従業員の幸福を増進し、企業を発展に導き、ひいては広く社会への貢献を実現するものである。

セキやんコメント:  令和2年9月1日の301号から73回連載で、原本から全項目を引用してきましたが、本号が最終項目となります。発刊された1965年から60年近く経った今でも、一倉節の輝きは失われていません。どうか、賢明なる経営者諸兄には、自らの経営実践のヒントとされるよう切に願います。

【ご案内】次号からしばらく、各種名著からの引用を休止し、“「事業経営の本質」と『Sフレーム』”と題し、筆者本人の率直な経営哲学について連載いたします。引き続き、お目通し方宜しくお願い申し上げます。

「経営の腑」第374号<通算689号>(2023年7月7日)

「事業経営の本質」と『Sフレーム』
 〜事業経営に対する世の中の呪縛を解き、正しい事業経営に導くヒント〜
  <第1回> はじめに
 拙著「一倉定“社長学”実践『Sフレーム』のすすめ」発刊から丸9年が経とうとしています。
 この9年で数多の自然災害やコロナ禍などで各企業の経営環境は大きく変わりました。
 また、私事ながら筆者自身すべての公職を離れ、さらに職住とも新天地に全面移転しゼロから活動を始めました。
 その間も、筆者のライフワークかつミッションである「一生懸命が報われる」を旗印とし、各企業の経営構造の高収益化へのお手伝いを『Sフレーム』方式で一貫して実践継続してきました。
 その結果、前掲の通り大きく環境が変貌する、いわゆる逆風下にもかかわらず、それぞれの関与企業様は総じて過去最高レベルの業績を安定して出し続けています。
 一方、他の多くの企業では相変わらず「闇仕合」状態で、経営の方向性が定まらずに空回りし「一生懸命が報われない」不安定な経営状況は依然として変わっていません。
 そんな中、1965年発刊の一倉定氏著書『マネジメントへの挑戦』が2020年に日経BP社によって復刻されたのを契機に、この隔週メルマガ『経営の腑』で全項目を取り上げ、ここ3年にわたって紹介してきました。
 『マネジメントへの挑戦』発刊から60年近く経過していますが、その内容は時代を超えて厳然と輝いており、改めてさまざまな気づきが得られました。
 その結果、一倉定“社長学”は、あくまでも「経営の当事者」に対する教えであることを再確認しました。
 そこで筆者なりに、この「経営の当事者」という視点にこだわり、もう一度「事業経営の本質」と小職構築の『Sフレーム』について整理し、それを世の経営者諸兄に問いたいと、今までの中小企業経営サポートの経験を踏まえて作業を進めました。
 そして、この作業を進める中で、事業経営を取り巻く環境の中にも「本音」と「建前」という2つの概念が大きく影響を及ぼしていることにも改めて気づき、ここからも論点整理することができました。
 こうした経緯から、この拙稿の副題を『事業経営に対する世の中の呪縛を解き、正しい事業経営に導くヒント』とすることにしました。
 少々大げさな副題に感じられるかもしれませんが、約60年前に一倉定氏が「マネジメントに対する世の誤りを正したい」と上梓されたと同じように、古希を過ぎた筆者として「事業経営に対する世の中の誤りに気づいてもらいたい」との強い思いを込めたかったからです。ある意味、年寄りの冷や水かも知れませんが、意に介しません。
 以上の趣旨を踏まえ、事業経営者の皆様にそれぞれの「わが社の経営」に反映してもらいたいとの筆者の切なる思いから、『セキやん通信“経営の腑”』欄に連載することにしました。
 一倉定氏はじめ先達の教えおよび『Sフレーム』との関係性などを紹介しながら、なるべく単刀直入な文面や構成でかつ短編で表記しようと思います。
 引き続きお目通しいただき、読者諸兄が「一生懸命」取り組んでいる事業経営を、一日でも早く高収益構造にしていただく一助になればと心より願うものです。

【ご案内】今回からしばらく、各種名著からの引用を休止し、“「事業経営の本質」と『Sフレーム』”と題して筆者自身の率直な経営哲学について連載いたします。引き続き、お目通し方宜しくお願い申し上げます。
→次号<第2回>の掲載は、“第1章 経営の本質「事業経営の定義〜目指すはわが社の解」”の予定です。

「経営の腑」第375号<通算690号>(2023年7月21日)

「事業経営の本質」と『Sフレーム』
 〜事業経営に対する世の中の呪縛を解き、正しい事業経営に導くヒント〜
  <第2回>第1章 経営の本質「事業経営の定義〜目指すはわが社の解」
 1.事業経営の定義
 経営に対する大いなる誤解が世の中に蔓延しています。それにより、「一生懸命が報われる」という当たり前のことが実現できない事態が頻発し、目を覆うばかりです。
 そもそも広辞苑第一版で、『経営』の定義の第一に「縄張りをして規模を定め基礎を立てて物事を営むこと」と記されている通り、本来、経営は「わが社」およびその利害関係者という限られた範囲の中での限定的な活動です。
 ところが、その範囲外の第三者(非当事者)が「経営」を論ずることにより、非当事者であるがゆえに、限定的な「経営」活動を普遍化させようとする作為が働くことになります。
 その結果、肝心の「経営」当事者を置き去りにした「机上の空論」が非当事者セクター主導で無責任に展開され、混乱の極みとなってしまうのです。
 さてここで、読者諸兄それぞれがバラバラにイメージしている「事業経営」についてすり合わせするため、まずは筆者なりに定義づけたいと思います。
 筆者としては、故一倉定氏の教えである「お客様の要求を満たす」という経営の本質に、上述の「範囲の中での限定的な活動」という解釈を加えたいと考えます。
 つまり、当事者たるわが社にとっての経営とは「わが社のお客様の要求を満たすために、わが社の解を見つけ出し実行し続けること」という定義になります。
 事業経営に対するこの考えは、筆者自身ここ20年来ずっと変わっていません。
 そして、この定義づけに沿って解釈すれば、今まで目にしてきた経営シーンはすべて得心がいくのです。

2.「経営」が目指すべきは「わが社の解」
 また、筆者が中小企業経営者様とお付き合いするなかで痛感するのは、日々の経営のなかで求められるさまざまな決断にあたる際の迷いです。
 その迷いに惑わされずに、経営者自身が納得づくの決断をするには、よりどころが必要です。
 そのため、多くの経営者は前例や他の成功事例にすがりたくなり、それに輪をかけてサポートする立場の専門家といわれる支援セクター側も、対象企業(わが社)にとってのベストに思いをはせる暇もなく、安易に先行事例の情報提供に終始します。
 その結果、いたずらに経営者の迷いを助長するだけで、最も重視すべきわが社の特質や持ち味・クセなどを見過ごさせてしまいます。
 いわゆる経営支援やサポートの専門家と呼ばれるほとんどが、こうしたアプローチで対応しますが、忌憚なくいえば、これは「まぐれ当りを探っている」だけで、いわゆる「当たるも八卦」で単なる確率論の域を出るものではありません。
 それぞれの企業にとって「わが社」こそが最重要で、わが社がどうすれば良くなるのかを具体的かつ確実に知ることが大事であるにもかかわらず、一般論のまぐれ当り手法が大手を振ってまかり通り、経営シーンを混乱に貶めているのです。
 なお、こうした一般論・確率論の経営に関する情報や手法を、筆者は「雑音」と呼んでいますが、これについての詳細は、改めて第3章で述べたいと思います。
 いずれにせよ、こうした雑音に惑わされることなく、一般論ではなくあくまでも「わが社の解」に徹底集中することが正しい事業経営の在り方と断ぜざるを得ません。
 尚、少々手前味噌ではありますが、筆者はこうした大いなる誤解によって世にまん延する確率論の経営のやり方ではなく、あくまでも「わが社」にとってのベストプラクティスへの直接的な到達方法に絞って実践関与していきますが、これこそが『Sフレーム』なのです。

【関連サイト】「経営に対する大いなる誤解 〜事業経営に「一般解」はない〜」⇒https://onl.bz/gzrCuEcへ 
→次号<第3回>の掲載は、“第2章 「わが社の解」集中の道(1)”の予定です。

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