第395号“社長の販売学 第二章 販売とは能率が悪く、経費がかかり、面倒くさいものである”<通算710号>(2024年4月26日)
「経営の腑」第391号<通算706号>(2024年3月1日)
あるがままにみとめる 松下幸之助著「指導者の条件」(1975年刊)より
指導者は人、物すべてをあるがままにみとめなくてはならない
聖徳太子のつくられた十七条憲法の第一条に、「和を以て貴しとなす。さからうこと無きを宗とせよ。人みな党(たむら)あり。……」とある。“人みな党あり”というのは、人間というものは、必ずグループ、党派をなすものだということであろう。それが人間の本質だと太子は見抜いておられたのだと思う。
たしかに、人間の集まるところ、大小の別はあっても、必ずグループ、党派があるといっていい。そういうものがしぜんにできてくるわけである。
けれども、そうしたグループ、党派というものが全体の運営の上で弊害をなす場合が少なくない。
特に昨今“派閥”と呼ばれるものにはその傾向が強い。そういうところから、“派閥解消”ということが さかんにいわれ、いろいろと努力もされているが、そのわりにあまり効果があがらないのが実情のようである。
これは結局、派閥をつくるのは人間の本質であり、派閥をなくすことは不可能だからではないだろうか。つまり、派閥というものはなくせるものではなく、その存在をみとめた上で、活用、善用すべきものだと思う。そのことを太子はいっておられるわけで、だから“和を以て貴しとなす”と、派閥だけの利害にとらわれず全体の調和を大切にしなさいといわれたのではないだろうか。
これが太子の偉大なところだと思う。人間の本質は変えることができない。それを変えようといろいろ努力しても無理である。というより、人間自身を苦しめることになる。
だからその本質はまずこれをあるがままにみとめなくてはならない。
そして、その上でどうあるべきかということを考える。これが大切なわけである。これは人間にかぎらず、ものごとすべてについていえることであろう。
けれども実際にはなかなかそれができない。ともすれば、好きだとかきらいだとかいった感情や、自分の利害にとらわれてものごとを都合のいいように見てしまう。そうなると、真実と離れた姿しか見られないということになる。それでは正しい判断もできないし、事をあやまる結果になってしまう。
だから、指導者たるものは、できるかぎりとらわれを排して、ものごとをあるがままに見るようにつとめなければならない。そうしたあるがままの認識があって、はじめて適切な指導も生まれてくることを銘記すべきだと思う。
セキやんコメント: 一倉定氏と同様に、松下翁はこの書の前書きで『結局一つの団体、組織の運営がうまくいくかいかないかは、ある意味ではその指導者一人にかかっているともいえましょう』と述べています。そして、自身の教科書としてまとめた本書について『政治の衝にあたる人びとから会社の班長、組長にいたるまで、世の指導者の人びと、また将来指導者たらんとする人びとにできるだけお読みいただければ』と続けています。
「経営の腑」第392号<通算707号>(2024年3月15日)
社長の販売学 まえがき 社長の販売学(一倉定著) 産能大学出版部1991年刊より
企業の成果は販売によって得られる。
当然のこととして、企業のすべての活動は販売に集約されなければならない。
とするならば、企業の最高責任者である社長は、販売について何をしなければならないかということになる。この点に焦点を合わせて、幾多の実例を通じて考えてみたのが本書である。
まず、何をおいても、お客様の要求をつかまなくてはならない。最良の方法は、社長自らお客様のところを回ることである。社長以外の人が回るのと、その差は天と地ほど違う。
お客様の要求を満たすことは、販売部門の活動だけでは、どうにもならないことが良く分かる。どうしても社長の指揮による全社的な活動が必要である。この認識が会社を?栄に導くのである。
お客様の要求を満たすことは、面倒臭く、能率が悪く、経費がかかる。このことを肝に銘じ、我社の事情はいっさい無視し、ただひたすらお客様に奉仕する会社が勝利をおさめるのである。
正しい奉仕をし、正しい報酬をいただく、これが事業である。これを可能にするかどうかは、社長次第であり、しかもこれが可能であることを私は幾多の実例から知っている。社長の指導のもとに、全社の総力を挙げてのお客様サービスがそれを可能にするのである。この意味で、会社というのは“サービス集団”なのである。
しかし、お客様の要求を満たそうとしているのは、自分の会社だけではない。必ず競争相手がいる。しかも、その敵は必ずしも同業とは限らない。他業界からの参入もあれば、時には巨大な場合もあり、さらに海外からの進出もある。
それらの敵とせり合って勝たなければならない。もはや営業部門だけの努力に頼っておられる時代ではない。全社をあげての一糸乱れぬ行動が必要である。この意味では、会社は“戦闘集団”でなければならない。
サービス集団と戦闘集団という二つの特性を持つ集団を指導して競争に勝ち残り、繁栄を達成しなければならない社長諸賢のために、本書が少しでも役に立つことを祈願して本書を刊行する次第である。
セキやんコメント: 一倉定氏は、本書で「『社長のお客様訪問』『面倒なサービス』『クレーム処理』は事業経営の三大盲点であり、経営の根っこである」と述べ、この三大盲点を軸に持論を展開、加えて『我社の内部資料を読む』『価格政策を持て』『蛇口作戦』『市場戦略を持て』『ランチェスター戦略を推進せよ』『支援体制を整備する』をそれぞれ章立てし、ふんだんに実例を引いて解説したのが本書である。以後10回続けて取り上げたい。
「経営の腑」第393号<通算708号>(2024年3月29日)
第一章 社長は自らお客様を訪問せよ(1) 社長の販売学(一倉定著) 産能大学出版部1991年刊より
1.倒産の危機を乗り越える(漁網メーカー)
斜陽のはえ縄でも、お客様の所を回っていれば、大丈夫。その中で占有率を高める
2.製品戦略の誤りを思い知らされる(木製家具の問屋)
過去は確認するだけ←会社の現在位置を知るため
社長の悩みへの回答は、会社の決算書にはない。お客様の所にある
問屋という業種は、情報産業のかくれた重要な一員である
3.安いのにコロッケが売れない(冷凍コロッケのメーカー)
必死にコスト削減と生産性向上に取組んでいたが、連続赤字
何のためのコスト削減か。マズイものは売れない
4.セールスマンは本当のことを報告しなかった(パンと洋菓子のメーカー)
情報伝達で必ず起こる“誇張と省略”
会社の中では、他部門に関係のある事柄は絶対社長には話さない
5.社長の方針それ自体が、販売を阻害していた(コンクリート混和剤メーカー)
業績不振は、売上が不調だからであって内部の仕事のやり方がまずいからではない
経費節減や配送効率や在庫回転率の向上のなどの方針は、安易に打ち出さない
→費用しか理解できない経理担当者が大ハッスルして、販売やサービスに支障を来すだけ
在庫は回転数でおさえるものではない。「売れ筋」と「死に筋」に分け、売れ筋は陳列数を増やし、死に筋は仕入れない
6.お得意先の社長を好きになって(大手の下請けの食品メーカー)
好きになれないなら、その取引先と縁を切るべき。縁を切れないなら、徹底的に誠意を尽くすこと→注文が増えだし、価格は厳しいけれど無茶な値段ではなくなる
7.販売不振の原因は生産褒賞金だった(佃煮メーカー)
奨励金を出すと、社員は必ず奨励金が最大になると思われる行動をとる→社長が経営権も指揮権もすべて放棄することだ
生産効率向上のためまとめて作る→在庫過多→値下げ販売。つまり、生産性向上によるコスト低下の数倍、数十倍の値引をしなければならなくなる→全社的には明らかにマイナス
8.大消費地を狙った誤りに気づく(缶詰メーカー)
ローカル企業が、大消費地重点主義で、販売不振
占有率の低い市場では、販売は絶対に成功しない
9.失敗製品と思っていたのに(大型産業機械メーカー)
苦境突破の方策は、社長が自らお客様のところへ出かけて教えて貰うより他に道なし
不況でも業界の総需要はごく僅かしか落ちない。その僅かな落ち込みは、限界生産者や信用のない会社が背負わされて、大幅な売上減となる。冷徹だが、それが市場原理だ
セキやんコメント: 前号の前書きの「経営の三大盲点」の一つ『社長のお客様訪問』について、実例を述べている。一倉氏がここで指摘したいのは、「思い込みを捨て、事実・現実に向き合え!」ということだ。正しい前提なくして、正しい結果は得られない(前提を間違えた打ち手では、間違った結果しか得られない)からだ。
「経営の腑」第394号<通算709号>(2024年4月12日)
第一章 社長は自らお客様を訪問せよ(2) 社長の販売学(一倉定著) 産能大学出版部1991年刊より
10.甘納豆が夏も売れるようになった(豆菓子のトップメーカー)
既成概念を廃し、定期巡回をして補充をキチンとしたために売れた。好きなお客は夏でも食べる
11.アイテム数が多すぎた(プラスター(貼り薬)の専門メーカー)
種類が多すぎてどれを売ったらいいのか分からない
扱い店は、売れ筋はどれかにもっぱらの興味がある。並び大名には力が入らない
12.ゴンドラは何を語っていたか(パンのメーカー)
指示を出していたオープンケースへの変更は徹底していなかった→チェックなき指令
13.90度の最敬礼−アサヒビール社長樋口廣太郎
樋口社長は最敬礼、対する中小企業社長は45度→意気投合
前任社長時の占有率の大低下(34%→9.6%)は、顧客を無視した原価管理信奉が原因
原材料費の切り下げと熟成期間の短縮は、食品として致命的な“味”の低下に直結する
14.1年2,000回のお客様訪問を自らに課す(パンティストッキング専業メーカー)
価格は安価なら売れるわけではない。流通業者のマージンを忘れたから売れない
職人社長が、1ヶ月にして販売のエキスパートに変身
15.社長のお客様訪問はこうして行なう
事業活動の本質は市場活動である。社内にいるのは、1週間のうち延べ1日でよい
社内にいない方が、社員がよく働く←社内の仕事の円滑化を乱す張本人は社長である
訪問の具体的なやり方
(1)会社に出社しない 居るとあてにされ、出かけられなくなる危険性が高い
(2)アポイントはとらない 訪問目的は、ハッピーコール(表敬訪問)。不在の場合は、置き名刺する
(3)お客様には一人で会う 言いたいことを気兼ねなく言って貰うため
(4)相手の要望のみを聞く あくまでも、表敬訪問だから
(5)繰返し訪問する 数回の訪問後に、心を許してくれる
(6)時間はせいぜい10分以内 忙しい社長に、長時間はいけない。訪問回数が重なってくれば5分間で十分
ただし、相手から相談を持ちかけられた場合には、それに応じること
16.事業活動の本質は“お客様に対するサービス”である
お客様は会社にいないし、会社に対して何の要求も命令もしない
お客様を忘れた会社に対して、ただ黙ってその会社の商品を買わなくなる“無警告馘首”
会社というのは「お客様をお迎えして、その要求に合わせる」のがつとめ。つまり迎合
正しいサービスを行なうためには、お客様の要求を十分に知らなければならない→社長は自らお客様のところに出かけて行って教わってこなければならない
まっ先にお客様回りを勧める。勧めをきかない社長には、縁を切る
挨拶と人間関係→“直接拝眉”が日本人的感覚→わざわざ社長が来てくれた!
セキやんコメント: 事業経営の本質である「お客様の要求を満たす」を実現するには、何はなくとも刻々と変転する「お客様の要求」を正しく把握することであり、その最も重要な事項は当然ながらトップ自ら率先垂範すべきである。この当たり前のことを徹底して教えるのが一倉社長学なのである。
「経営の腑」第395号<通算710号>(2024年4月26日)
第二章 販売とは能率が悪く、経費がかかり、面倒くさいものである 社長の販売学(一倉定著) 産能大学出版部1991年刊より
1.列車の到着に合わせて弁当をつくる(峠の釜飯 荻野屋)
炊きたての釜飯→お客様にできる唯一のこと
2.卵1個から配達する(米穀商)
米は搗いてから2週間以上経つと水分が飛んでまずくなる→1ヶ月分を2週間分に変更
社員のやりがいは、自分の仕事がお客様から感謝されることによって体感される
3.瀬戸大橋ブームの陰で(高松市の観光課と旅館組合)
宿泊地の大不足→寺院に臨時宿泊所
4.フォローに誠意を尽くす(電話架設業)
事前にサービス料を承認して貰う→顧客の信頼→便利屋(事業所施設の総合サービス業)
5.1年365日、1日24時間サービス(総合物流業者)
様々な業種の、様々な特殊事情がある。これらの事情をすべて受けて立って1年365日、1日24時間の連続サービスを行なっている会社
6.プレ・メンテナンスで信頼を得る(計器メーカー)
すべてのお客様に対する年間定期点検計画を立て、予め案内している
万一の対応方針→@すべての業務に優先 A最短時間でいける交通機関を選ぶ
7.99.5%サービス水準−フリト・レイ社(ペプシの子会社)
大スーパーでも山奥の店舗でも、全く同様に1日1回の同社のセールス訪問確率
「お客様に密着する」ことこそ、最大最有効の販売促進←拝眉の上は、世界共通
8.事業とはお客様の要求を満たす活動である
業績の良い会社は、申し合わせたように他社ではやっていないような面倒臭いサービスをしている。会社だけではなく、商品も同じで、手をかけて仕上げたものから売れる
※良い業績、よく売れる商品、喜ばれる仕事というものは、必ず面倒臭く、能率が悪いもので、楽をしたらダメだ
事業とはお客様の要求を満たす活動であり、サービスとはお客様の要求を満たすことだ
そこは、コスト、生産性、効率、回転率とは無縁の世界である。それがお客様に喜ばれ、信頼されて、他社が及ばぬ高収益を生み出し、繁栄をもたらすのである。これこそ“名社長”の最も基本的で大切な態度なのである。
セキやんコメント: このタイトル通り「販売とは能率が悪く、経費がかかり、面倒くさいもの」という認識が大事だ。つまり、お客様が自分で実現・解決できる事柄については、そもそも要求しないのだ。だからこそ、お客様は「要求を満たしてくれた」その労に対して、感謝の上で対価を支払ってくれるのだ。